鉄板焼


2004/05/10

突然「来週の木曜日お願いやからきてくれ」などと言われ、半年ぶりに鉄板焼きの店で働くことになった俺。

ええ、普通だったら断ってますよ。なんで俺が鉄板焼きなんぞせなあかんねんとそう言いたいのですよ。しかし次の一言が、そんな俺を突き動かした。

女子高の修学旅行生がくるんだ」


女子高女子高女子高・・・・・おそらく心の中で20回位エコーがかかって聞こえたかもしれない。女子高生が、鉄板焼きを食いに、このヒロさんの鉄板焼きテクニックを見に、やってくる。女子高生が、俺が肉をひっくり返す、高度なパフォーマンスを見に、やってくる。

うん間違いなく俺、女子高生の香りに誘われて行ってた。仕事しようだとかそんな純粋な気持ち、無かった。

で、早速身だしなみをチェックし始める俺。鼻毛とか出てたらそんなもん最後ですよ。人生おしまいですよ。一生独身ですよ。それだけは避けたい。独身はいや。一人で部屋で孤独死はいや。絶対いや。


電話があった日から木曜日はすぐに来た。

「よっしゃ、電話番号ききまくるぞ!うぉぉぉぉ!」そんな叫びが聞こえる更衣室。間違いなく俺以外の全員もそれ目的に来ていた。女子高の修学旅行、そのことで頭いっぱいになってる男郡ども。馬鹿丸出しな男郡ども。俺もそんな男郡の一人なんだと思うと自分のプライドって何だったのだろうととても悲しくなってくる。一つ間違えれば俺もあの男のように「うぉぉぉぉ!」っとか叫んでたんだろうと思うととても悲しくなってくる。

さて、場所は変わって早速鉄板前。

ぞろぞろと女子高生がやって参ります。それを見て思わず心の中で叫びが。「うほほぉぉぉ!可愛い!やっべぇ!うぉぉぉぉ!」そしてそして「いいねぇ。あのふくらはぎ。たまりませんねぇー」だとか口に出せばおもむろに犯罪視されかねない思いが爆発。

このときしてた満面の笑みは間違いなく営業スマイルではない。エロ笑いだ。間違いない。

早速肉を焼き始める俺。周りの女の子が俺の肉を焼いてる手つきをじーっと眺めている。そのスキに俺も俺で、手は動かしつつも顔だけ女子高生の方向。勝手に品定めし始める俺。

やべぇ。


うちのグループ。大当たりだ。


偶然の美女揃い。7人グループみんなが組み折美女ばかり。やべー。みんな可愛い。スゲー可愛い。心の中で狂ったように踊りまくりたい衝動を抑えつつ、思わずニタニタとエロ笑いを浮かべそうになる衝動を抑えつつ、それはもう真剣な眼差しで肉焼いてました。

美女たちはみんな俺の肉を焼く手つきを見ている。俺は女子高生を堂々と確認。なんと素晴らしいシチュエーション。こんな幸せ、もう巡ってこないかもしれない。そう思いジロジロと女子高生視察してますと、なにやらただならぬ殺気。

こらこら、俺のせっかくの幸せを。心からの喜びを妨害せんばかりの殺気を発するやつは誰だ。そう思って、俺のグループの隣の鉄板を見てみますと、、物凄い剣幕の体育教師が、人を三人くらいは殺ってそうなくらいの凄い目つきをした教師がこっちを睨んでるのですよ。

まるでスイスの山奥を思わせるような平和な平和なうちの鉄板。しかし隣を見れば鬼の剣幕の体育教師。それはもう普通の精神状態ではいられませんよ。あの目つきは間違いなく中学時代の修学旅行でプレステを投げて壊したあの佐々木先生の目つきそのものですよ。危険だ!!危険すぎる!!

そう思うと、手つきがガクガク震えおぼつかなくなってくる俺。先ほどまで嬉しそうに眺めていた女子高生の笑顔に陰りが。不安の表情が。目の前で焦げまくる肉。恐怖の余りその現実に背中を向けてしまっている自分。

逃げ出したい。教師なんていう存在のいない、自由な世界に。。。


そう思って助けを求める思いで反対の鉄板を見ますと、なにやら真剣な眼差しで肉を焼く男が一人。肉を渡す時のスマイルも美しく、女子高生である以前にお客さんとして向かいいれてる謙虚なスタイル。彼の笑顔は間違いなく、エロを含んでいなかった。

ジロジロと見つめているうちに彼も視線に気がつきこっちを見てきた。か・・・彼は・・・


吉野家の店員!!


こんな近くにいたというのに全く気がつかなかったのだが、そう、何を隠そう彼は過去日記に出てきた吉野家の店員だったのだ。

「並で。」このシンプルなオーダーに対して「豚丼の並でいいですか?」などという暗黙のルールを突き破るような返事を返してきた許せない店員。そんな彼が、何故か今鉄板焼きを焼いている。何故だ!何故彼がここにいるのだ!彼は吉野家の店員じゃなかったのか!?

物凄く混乱してきた。先ほどまで鬼教師に怯え、恐怖み満ち溢れていた俺ですが、今度は物凄く混乱してきたのですわ。おかしい、有り得ない、牛丼が、鉄板へ。有り得ない。

彼もどうやら俺に気がついたようだ。「うん間違いなく、これはあの時の客だ」って察したようだ。相当俺も癖があったらしく、見事に頭へインプットされてたようだった。


「な、何故君が、ここにいるんだ・・・」

二人の間にある暗黙を突き破るように俺はそう彼に投げかけると、彼はしんみりとした面持ちで言った。


「実は・・・・」


さて場所は変わって酒の場。以前はカウンター越しで接した彼とも、今ではカウンター前で肩を並べて語り合う。本当に世界は狭くて、面白い作りになってるんだなぁと深く確信した。

「どうしても許せなかったんだ!」

突然熱くなる彼。

「あの吉野家のやり方がどうしても許せなかったんだ!」

「い、一体どうして??」

「ある日とても忙しい日があったんですよ。それはもうとてつもなく忙しくって、かつて牛丼が売り出されていたあの時位に物凄い忙しさになってたんですよ。」

彼の目は・・・真剣だった。

「いつも要領ばかりを優先する先輩。いつも客をさばけばいいと思っていた先輩。そのやり方が気に入らなかったんです。お客さんのどれがおいしいかって質問に僕はいつもイクラシャケ丼はおいしいですよーっとか豚丼と半熟卵とか最高ですよーっとかそうやってお客さんの好みに合わせてオススメしてたんです。

全席カウンターになっている吉野家ってのは、こうやってお客さんとコミュニケーションをとれるのが粋だと思うのですよ。いつでもお客様の近くにいれるのが吉野家だと思うのですよ。それなのに先輩は、『客はさっさ食ってさっさ帰ってくれればそれでいい。質問なんぞにいちいち答えるな!』などと要領ばかり優先する。どうしてもこれが許せなかった。

接客ってそれじゃないと思う。言われたオーダーをそのまま作って出すだけがお客様とのコミュニケーションじゃないと思う。そう僕たちは自動販売機じゃないんだ!

それでいいのなら松屋みたいに自動券売機のひとつ置けばいいじゃないですか。それをしようとしない吉野家のスタイルってのは間違いなくこのお客様との繋がり方を大切にしているからだと思うのですよ。だからそういうのいくら忙しいとはいえども、大事に大事に、大切に大切に、やっていけばもっといい吉野家になると思うんですよ。」

彼の目は凄く輝いていた。

「なんていうか、僕、吉野家が、接客が好きさ☆」


満面の笑みで語る彼。それを見て俺は、ふとさっきまでの出来事がフラッシュバックするのでした。

女子高生を見てエロ笑いする俺。女子高生のふくらはぎをみてエロ笑いする俺。女子高生が来るとか聞いて「ガハハハ」だとか言いながら鼻の下伸ばして鉄板焼きしにやってくる俺。本当に俺は、こんなことをするために接客をやっていたのだろうか?

「接客のプロフェッショナルになる!」だとか言って、毎日毎日接客サービスに従事していた俺は、いつもいつもお客様の心を理解しようと毎日努力に励んでいた。そんな俺が、いつからこんなエロいこと目的で接客するようになったのだろうか?俺はこんなのを目標にして今までやってきたんじゃない。俺は、プロになりたかったハズだ。

彼は凄い。肉を扱わせたら煮るのも焼くのもプロだ。まさにビーフのスペシャリストだ。それだけではなく、圧倒的な差で俺なんかよりもずっとプロフェッショナルなサービスマンだ。

忘れていたもの、思いださせて貰った。あれほどダメ店員だとかめちゃくちゃ言いまくってたけど、彼のようなサービスマンが吉野家を代表するサービスマンであるべきだと思った。彼は先輩に権力がなくて立ち向かうことができなかったが、彼がもし権力のある先輩サービスマンだったら、あの吉野家はもっと変わってたと思う。

俺もそう、彼という人間に今変えられた。本物のプロって周りの人間にも影響を与える莫大な力だと思う。それも沢山の努力あってのもの。イチローは最初からイチローじゃなく努力あってのイチローだったように、俺も高い目標を忘れることなく持ち続け、周りにも影響を与えれるような立派なプロになってやりたいと思った。

今日からは前を見て歩こうと思う。今横を通った女子高生の後姿を目で追うんじゃなくて、遠い遠い前を見て突き進もうと思う。プロからにわかに滲み出すオーラって、それじゃないかな。


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