コンプレックス


2004/04/27

俺は昔から運動音痴というコンプレックスな悩みをかかえていた。

運動会だってそう、毎回きまって出場するのは障害物リレー。毎年毎年障害物リレー。特にと言って障害物を避けるのが上手かと言えばそういう訳でもなく、ただなんとなく障害物リレー。戦う相手も俺と同じく毎年障害物リレーに出場するような奴らばかり。運動できない人間に与えられた称号、、それが障害物リレーマスターだったのだ。ちなみに俺は中学時代障害物リレーに3年連続出場した。

中学時代、毎日毎日剣道という荒行に精進して生きたはずなのにもかかわらず、いつになっても運動が出来ない万年障害物リレー男の俺にとって、運動会やら体育大会やら球技大会は苦痛でたまらなかった。己の運動神経の低さを世に晒す憎き大会、コンプレックスをさらに深いコンプレックスへと変えるなんとも耐え難い催しだった。

そんな運動音痴な俺でも、音楽音痴ではないと思っていた。

そんなもん音楽の成績は最低だ。毎回やりたくもないのにアルトリコーダー(簡単だから)ばかりを吹かされてた日々。目を開けたまま授業が終了したことなど一度もなかった一種の睡眠学習。音楽の教科書も、一年目ですでに葬られているという状態。何もかも、見れば見るほどダメ学生丸出しだったのだが、音楽だけは自分を変えれるとそう信じていた。


そういう訳で中学時代の剣道部とは対照的に、高校はブラスバンドをやってみたんですよ。

音楽をやる男はかっこいい。

芸術に燃え上がる男って背中だけで惚れそうな程にカッコいい。ギターとかバリバリ演奏してるロックギターリストだってカッコいいし、ピアノを目つぶったままで狂ったように演奏している人とか見てたらなんか鳥肌立つくらいにカッコいいじゃないですか。運動はできないけど、音楽は出来る人になりたい。音楽という特技を身につけて、俺も背中で女をオトせるようなそんな男になろうと決意を固めたんです。

けどな、現実は違う。

男がブラバン。よりにもよって女がいない男子校のブラバン。それはもう差別ですよ差別。俺みたいな好青年でもね、男子校ブラバンという理由だけでオタク扱いですよ。まだエロ本すらも手馴れていない俺がですね、家に帰ればエロいゲームやりまくってるんだろ!だとか酷いことを言うのですよ。いやね、やったけどね。確かに俺エロいゲームやったけどね。

俺はエロいゲームいよりむしろエロいビデオ。モザイクという焦らしが一切含まれていないシンプルなセックス。これが一番ですよ。何ですかエロいゲームって。何ですか萌え萌え画像って。俺を侮辱してるんですか?俺は純粋な生ビデオ男なのにどうしてそうやってオタクちっくなことを言って俺を陥れるのですか

さて話はもどりそれから毎日俺はブラバンをすることになったのだが、やっぱりここにもライバルは出現する。相手は中学時代からブラバンやってるベテラン。ブラバンのエキスパート。いつも俺のヘナヘナな音を聞いて、「酷い音だな(ワラ」などと侮辱しまくる。どんだけ俺が一生懸命練習してても。「無駄やって。下手くそは練習しても無駄」だとか言いまくる。

クラスではエロゲームとか変な名前で呼ばれて侮辱されて、部活では下手糞は一生下手糞だ!などと侮辱され高校生活始まっていきなり人生やめようかと思ったのは言うまでもありません。だがしかし、音楽がその程度で成るものだとは拙者思ってはおりませぬ。だからね、必死で練習してみましたよ。俺なりに、

またそのエキスパートの彼、大西君って言うんだけどね、全然練習しないんですよ。練習したと思ったら先輩の前で練習してるフリしてるだけ。表向きの練習しかしないんですよ大西君。けども俺なんかよりもずっとエキスパート。

俺も俺で3年も差つけられてるにもかかわらず「大西のやつめ!!」だとかとてつもない怒りを発し、物凄い対抗意識燃やして影練習しまくったのですよ。

やはり3年も差つけられてるだけあって、どうあがいても彼に勝つことはできない。彼は遥か雲よりも高く、俺は地べたで張り付いて飛ぼう飛ぼうとあがいてるだけのニワトリ。飛べないのだったら、最初から勝てねぇーじゃん。そう思った瞬間、俺は自分には運動だけでなく音楽の才能もねーんじゃねぇのか?だとか思い始めたのです。

それがですね、そんな俺をみつけて先輩がえらく気に入ってくれる。

「あいつが表向きの練習しかやってないことは俺も知っている。ヒロ、オマエにあいつを抜けるかは分からないが、オマエのその必死さは好きや」などと心温まる言葉をかけてくれたのです。流石先輩、先輩には全てお見通しとそういうわけだったのです。

さてさて大西君。いくら自分がエキスパートだとはいえ、周りの先輩はみんな俺の肩ばかりを持つようになってしまった。自分がエキスパートなのに自分には全く目を向けてもらえない。大西君は尋常ならぬ嫉妬心が爆発し、めちゃめちゃ下手クソなのにもかかわらず、俺をライバル視しはじめたのでした。

高校二年に上がる頃、生徒会会長の選挙運動が始まりだした。

何をトチ狂ったのか知らないが、突然大西君その選挙に立候補しだした。アニメオタクな大西君。将来声優になりたいと言いまわってる大西君。そんな彼が立候補してはたして当選するのだろうか?もっと爽やかな好青年を演じていたのならまだしも、俺は声優の林原めぐみさんが好きだ!!などとおおやけに公言する彼に限って、生徒会会長なんて無理に決まってる。

俺は俺で、そんな彼をとても暖かい目で見守っていたのだが、何を言い出すのか突然彼から俺に挑戦状が叩きつけられた。

「ヒロ!おめぇも立候補しろ。勝負だ!」

しかし俺の反応はといえば、何を言ってんねんこいつ?ってな具合。そんなもんクラスの奴らに、エロいゲームが好きでもないのにエロゲー男だとか鬼畜男だとか言われてるんですよ。どこから立候補の動機がみつかるのですか?有り得ない。

そんな訳で俺は俺で立候補せず、むしろ応援するという形で彼を温かい目で見つめていたのですが。結果発表日、なんとまぁいきなり爆発的勢いで彼が当選。物凄い票差をつけて当選。うちの部活には前会長がいたので、その会長の力が響いたらしく、これだけのオタクオーラを放っていても見事に当選。政治社会の裏パワーを目の当たりにする結果となった。

さてさて華々しく会長デビューを果たし高校2年をスタートした彼。それとは逆に、俺も俺で華々しく二人えっちデビューを果たした。彼はメールアドレスまで会長にするほどのルンルンぶり。俺は俺で、毎日漫画「二人えっち」を読みふける毎日。彼が会長の業務を行っている時、俺は俺で「二人えっち」を読んで性のお勉強に勤しんでいたのでした。なんというか、今読んでも「二人えっち」は面白いと思うよ。普通に。

しかし時が進むにつれて、会長を自慢し狂う彼をよくないと思う反政治組織が現れたのでした。っていうより、自慢しまくる彼をクラスの人間も良いと思わないに決まってます。自慢したのが逆手に出て、クラスからは虐められるわ、他のクラスの組織にも虐められるわもう最悪の状態。彼が学校を後にするまでに時間は要らなかったのでした。

彼がいなくなってちょうど一年。俺は気がついたら、部活を仕切る人間になっていた。3年にもなると1年2年を従えて行かなければならぬわけで、毎日俺は殺伐とした空気を発しながらデキる副部長を目指してた。まぁ仕切る人間をよく思う人もいない訳だが、一部の人は俺の必死な思いを受け止めてくれてなんとかギリ副部長できてた。

いよいよ引退の大会も近づき、部活はさらに殺伐さを増していた。そんな時、彼は現れた。

大西君は、俺らの作り上げた演奏を見た時、一言こう言った。

「最悪な演奏やな。俺が指導してやろうか?こんなんじゃ関西大会進出できないぞ」


その答えに俺はこう答えた。

「いやいらない。俺たちでするから。今日は帰り」


相変わらず偉そうな彼。エキスパートと呼ばれていたかつての彼の面持ちは無く、いつの間にか一生懸命になれる俺にエキスパートの称号を与えてくれてた。努力が苦手な俺だったが、こんなに一生懸命になれたのは間違いなく大西君というライバルがいたからだ。

さてさて3年間の中締めとも言えるこの大会。一体結果はどうなるのだろうか。


みんな不安だった。「正直俺たちこれだけ練習してきたけど、本当にいい結果残せるのか?」周りが口々にそう言う。そんな彼らに向かって、俺は自身いっぱいに答えた。「俺、関西大会に連れて行ってやるから。安心しろ」

その声で安心する奴なんて一人もいなかったかもしれない。ただ、それでもいいから確かに彼らを落ち着かせる何かをやりたかった。緊張は増して近くで喧嘩を始める部員も出てきたが、それがバレては大会に出れません。日に日に喧嘩の勢いは増してきたが、それをなんとか食い止めていよいよ大会当日がやってきた。


緊張した雰囲気の中、他の学校の演奏をみつめる俺たち。やはり聞こえてくる声は、「俺たち絶対ダメなんじゃねぇの?」。たしかに、他の学校が凄く上手く見える。

そんな張り詰めた空気の中、再びあいつは姿を現した。

「この学校の演奏は強弱がなってない!もっとここのフォルテッシモを強く表現して欲しい!」だとか相変わらずエキスパートちっくなことをベラベラと語る彼。そんな彼の声は誰の耳にも入っていなかった。

実は大会が近づくにつれ、巷でこんな噂を耳にした。


「今年ヒロの学校、演奏最悪らしいよな。噂で聞いたぜ。」


それは日が増すにつれあちらこちらで耳にするようになった。俺はその噂の元を探るためあちらこちらに聞いてまわったところ、やはり犯人は彼大西君だったらしい。大西君がうちの学校を悪く言いまくり、あの日俺が「今日は帰り」っと言って侮辱したストレスは発散しまくってるらしい。なんともたちが悪い。

そんな話を知ってた俺なんで、もちろん彼の話を聞くわけが無い。「フォルテッシモ?」何言ってんだこいつ。バカじゃねぇの?


緊張して張り詰めた空気。それをいつになっても察することの出来ない大西君。相変わらずエキスパートな会話をしまくる大西君。次の瞬間。俺の怒りの炎に火がついた。


「オマエどんな面してうちの学校に顔だしとんねん。自分がしてることわかっとんのか?二度と俺たちの前に顔出すな。一生うちの学校には来るな。」


俺は初めて怒ったのかもしれない。初めて喧嘩したのかもしれない。普段そういったものから避けて通ってた俺だが、ここまで怒りを感じ、ここまでそれを訴えたのは初めてだった。俺の見たこと無い反応に驚いた大西君は、それ以来俺の前に姿を現すことはなかった。周りの話で、彼が会場の裏で大泣きしていたという話を聞かされたが、俺にとってそんなことはどうでもよくなっていた。

俺たちが作り上げてきた物を、あいつは簡単に侮辱しやがった。


エキスパートの彼はやはり他校との顔が広いのである。周りの評判はあまりいい状態ではない。そんな中、いよいよ俺たちの出番がスタートした。

勿論殺伐としている。誰一人として口をきこうとしない。

静まりかえった部員たち。今までに見たことの無いような緊張した部員たち。その空気を断ち切るかのように、俺は言った。


「今頃になってこんなこと言うのも恥ずかしいが、今日の大会正直言って関西大会に進めるかはわからない。俺たちの演奏だって本当に上手いとは思えない。ただ、俺は今まで一生懸命にやってきた。けっして音楽が上手い訳ではないが、一生懸命さは誰にも負けないくらいに持ってきた。けどその一生懸命って結局関西出場の為に審査員に聞かせるためやってきたわけではないと思う。この会場の人たちみんなに楽しんでもらえるよう、やってきたんだと思う。今日の今だけは、関西出場だとか結果とかそういうの気にするんじゃなくて、会場のみんなを楽しませてみること。これを一生懸命にやってみないか?」

3年間、本当に音楽が出来るわけではない。だが、一生懸命だけは誰にも負けないくらいに持ってきた。そんな俺だから、言ってみた。

演奏中は余りの緊張で記憶に残ってなかった。けど、俺一生懸命できたと思う。



結果、あれほど評判が悪かったにもかかわらず、見事金賞そして関西出場がきまった。

けっして演奏がうまかった訳ではない。俺たちの一生懸命な想いが、会場の人たちに伝わったのだと思う。

演奏を技術とかそれ類でばかり評価していたエキスパートな大西君。それとは正反対で、技術なんかよりも楽しさだ一生懸命さとかシンプルにそんなことだけで評価してしまった俺。確かに彼の言う音楽の方が正しかったのかもしれないけど、俺はこんな音楽でいいと思う。上手い演奏であろうとなんだろうと、ようは楽しければいいじゃないかと。


耳で捉えるのではなく、心で捉える音楽、みつけた気がする。けっして音楽やってモテた訳ではないけど、それ以上に大切なもの、発見できた。


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