終電ビーナス

2004/03/24

最終電車ってのは凄く意味深い乗り物。

いつ喧嘩を売られるかわからないようなギラギラした目つきの獣から、信じられないレベルで酔っ払い倒し異臭漂いまくるサラリーマン潰れだとか、異様に濃い香水ふりまくってる占屋系の女性やら、駅の指名手配とかなんかに載ってそうないかにも不審人物っぽい人やら。一歩選択を誤れば大変な事になりかねない、殺伐とした雰囲気からそのサバイバルっぽさを滲み出している最終電車。普通の人とはまた少し違った心になんか傷に一つもってそうなそんな人間の集まりがこの電車だと俺は思うのですよ。

偶然にも仕事が忙しく、最終電車に乗ることになった俺。

今までは電車があろうが無かろうが関係なしに自転車で通勤していた俺だったが、一年三ヶ月もの間愛し続け、一度だって乗らなかった事の無い恋人同然の自転車が野党やら輩やらの悪に盗まれてしまうといった事件が起こり、結局電車で通勤することになりこうして終電というものを体験する機会ができた。そう、自転車が盗まれる&仕事が猛烈な勢いで忙しいっといった嫌な偶然同士が重なり重なり、結果最終電車に乗ることになった訳です。

でまぁ、電車素人な俺ですよ。たまに友人なんかに乗せてもらう車でさえも「わーはやいはやい!!」などとうろたえてしまうレベルの俺ですよ。いくら自転車検定は準1級とかとれそうな勢いの俺でもですね、この人がいっぱい乗っててなおかつ速いスピードで走るという普段味わえないような刺激にただただ不安がつのるのですよ。たとえば出勤時に隣のはげ頭のオッサンと肩並べて新聞なんぞを嗜む程度に読んでいてもですね、「隣の人俺のこと邪魔に思っていないだろうか・・・」「もしかしたら席に座れないで困ってるご老人がいるんじゃないだろうか?行って手助けしなくてはならないのだろうか?」「怖そうなお兄さんにブレーキの勢いで肩ぶつかってグーで拳骨とか食らわないだろうか・・・」などなどもうあり得ないほどの不安が俺を襲うのですよ。寝れる奴とかどういう神経してるのか逆に問い詰めたい。

けどもまぁそんな不安があろうがなかろうが電車に乗らなくてはならないのは今更変えることもできない事実でどうしようもない。で、ドキドキソワソワとまるでスパイのような勢いで周りを警戒しつつ電車に乗り続けた俺だったが、今まさに突然とも言うべき勢いで最終電車というものを体験する機会がやってきた。心の準備とかそういったことを言う以前に、学校行き始めのピカピカ一年生のような電車に潜む汚れやら罠やらそんなものを全く知らないピュアな心を持つ純粋性電車ユーザーな俺に突然やってきた試練の上の試練というものなんですよ。はっきり言ってこの日ばかりは、冒険したね。

不気味なまでに物静かな駅のホーム。駅前の道路を通る車の音と、エスカレーターが微妙に動いてる音。これだけが虚しく響き渡る。そんな中俺を合わせて約数名、一言も喋ることなくただただ黙って電車を待つ。椅子に深く腰掛けてビールを飲む男。しきりに周りの人間をジロジロ見つめる不審そうな男。販売機で買う訳もない缶ジュースを黙って品定めする男。どれをとっても一癖も二癖もありそうなそんな人間が集まって黙って終電を待つのですよ。そう。物語は終電に乗る前からもうすでにスタートしていると言い切ってもおかしくない。

駅に突然鳴り響くBGM。そこに電車がやってくるんですよ最後の電車が。ドアが開けばそこもまた色々と癖を持ってそうな奴らの巣窟と化してる訳よ。

まぁそこでフェイントして乗らないわけにもいかないので、俺も乗ったんです。もうマジであり得ないくらい殺伐としてた。深夜の御好み焼屋レベルで殺伐としていた。けどもまぁそんな空気に押されてはなるまいのですよ。

黙って携帯でメールを黙々と打ち続けるダメっぽい大学生。魔道士系のおばさん。一人の女性とそれを取り囲む男二人の逆ハーレム。もうあり得ないくらいに変質的なムードですよ。

俺もまぁ黙って黙々と新聞読んでたんですよ。何事も無く電車は自分の家に向かっているとそう確信して新聞読んでたんですよ。でまぁ偶然になんですがチラっと正面の女一人と男二人が目に入ったんですよね。そこでまず驚いた。

なんとまぁそこにいた3人っていったら中学時代まで同じくクラスにいた人じゃないですか。みんななんか雰囲気変わってまさに大学生さまさまな感じじゃないですか。本当だったらそこで懐かしい気持ちにでもなれるもんですが、この3人っていったら全然雰囲気かわりすぎてそんなもん懐かしめねぇよ。

女の方ってのがまたすげー色っぽいの。セクシャルな服装をなんともまぁキュートに着こなしてやがんのですよ。もう中学卒業してからはいっぱいセックスして魅力いっぱいな女になりまくったというかまさにそんな感じですよ。でそこの横をなんかさえない大学生が2人で囲んでる。傍から見ればもうすげー訳ありな雰囲気かもしだしてるじゃないですか。

俺の中学っていったらたしかにちょっと変わってたりもした。ルーズソックスやらロングのソックスやらそんなもんが流行ってるご時世にみんな靴下履かずに登校とかやってたし、不良の兄ちゃんがエヴァンゲリオンのある日は必ず家に帰ってテレビ見てたり。本当に訳のわからない人間がいっぱいあつまってた。

けどな、俺は絶対に認めなかった。確かに変わり者が多かったかもしれないけど、いくら同じ中学校とはいえ今は変わり者なのはあの3人だけなんだと、俺はまともな人生を生きているからオメーらとは違うんだとそう心の中で思い続けてみたのですわ。なんか朝のめざましうらないとか絶対見ててそれ気にしながら丸一日過ごしてそうなさえない大学生二人がですよ、あそこまで露出度高い女セクシャル極まりない世間一般ではけばいって言われてそうなそんな女と一緒に電車で肩並べて殺伐としている。傍から見たら本当に変な3人。だが変わっているのは彼ら彼女らだけだと。

関わらないようにしよう、そう思って新聞に目を移す。そう、このまま関わらないでそのまま家に電車は向かっている、なんてこと思いつつも新聞の左前方にさりげなく映る携帯の画面ばかりを見つめるダメっぽい大学生。

よくみればなんとまぁそいつもまた俺と同じ中学だった奴じゃないですか。しかも彼っていったら幼稚園の時、平和な平和な幼稚園社会を裏で支える通称スナイパー。毒狼ことヨウヘイ君。彼とはゲームソフトやら女の子やらをめぐって色々あったが、そんな彼がなんとまぁ同じ車両に乗っているとは驚いた。

しかし彼を見た時、俺はもう話しかける事は無い他人ってやつになってた。だってほら、なんか見た目からしてすげー大学生って感じじゃないですか。で当の俺って言ったら働いてる仕事人じゃないですか。たったそれだけの差で、なんか身から出てる空気ってやつが違うんですよ。大学生と社会人その差はもうあきらかだった。こんなこといったら全国の勉学に慎む凄い数の大学生には失礼だが、まさに遊び狂ってるぜといわんばかりの学生オーラが出ているのですよ。で俺って言ったら、仕事帰りで疲れたぜってオーラが出ているのですよ。そんなもん話しかけれない。

けどもまぁなんだろうか、中学校の時はなんとも思わなかったが、彼もまた若干癖がある雰囲気かもしでてるじゃないですか。さっきも言ったように、結構まじめっぽい見た目はしていたはずの彼が今ではダメっぽい大学生に見えるんですよ。そのときふとまたさっきの言葉が頭をよぎる。「うちの中学校は変わり者が多い」って。

けどもな、俺はそれでも拒否する。俺はまだ真っ向な人生をおくってるはずですよ。何を言ってるのですか、変わり者とは失礼な。

そう思いながらまた新聞に目を移す。今度こそ家に向かっているとそう思いながら。

殺伐とした空気。俺の新聞がたまに揺れるその音だけが聞こえる。

ただ過ぎて行く時間、そんな中ではっとして気がついた。

俺はただ周りを変わり者変わり者って言ってるけど、実際彼らの視点から見たら間違いなく変わり者はこの車両の中で俺一人ってことになるじゃないですか。

ほら、よく考えたら電車の中でビクビクビクビク挙動不審になる俺。黙って日本経済新聞を読み続ける俺。周りはほらもうなんというか電車を乗りつくした電車玄人な訳ですよ。でもって俺っていったら電車素人ですよ。電車玄人からみたら俺の行動ってさぞ不審だったかもしれない。

たぶんな、玄人からしたら電車の中では逆ハーレムするのは普通。携帯の画面黙って打ち続けるダメ大学生のふりをするのも普通。新聞を読みながらビクビクしている俺って言ったら素人丸出しなのかもしれない。

そう、俺は人を変人変人って言う前に自分の立場ってのを忘れてたね。俺は間違いなく素人さんですよ。でもって周りは玄人さんですよ。単純に考えてそんなもん人に指差せるような男じゃないじゃないですか。

この瞬間俺は察したのですわ。周りが変だって言ってる時点で俺は素人だと。

殺伐とした車内。沈黙を守る人たち。こんな電車を難なく乗りこなす彼ら。そう、彼らにとってはこの車内は全く持っていつもの電車と変わらない快適空間。それにまったく馴染めていないがゆえに周りを指差す俺。

変人変人やら変わり者変わり者やら指差す先では、俺のことを逆に変わり者だと指差しているのかもしれない。自転車と電車というお互い別々の移動手法でやりすごしていた俺たちに、お互いがお互いを変わり者と思わないことなどあるわけがない。

最終電車で何かを悟った今日この頃でした。


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