ルームサービスメモリー4

2004/03/11

一流の紳士になりてーな。

当時高校生だった俺はそう思ったんです。いつでも気品があって、いつでも大人な空気が漂ってて、いつでも女性に対してレディーファーストな紳士的振る舞いができる。そんな人間になりてーな、っとまだまだケツの青いガキをやっていた俺はそう思ったんです。

で、丁度学校も卒業してやっとこさ深夜のアルバイトができるような年齢になった頃くらいに、髪の毛を真っ黒にして思いっきり髪の毛刈上げで、決死の想いを胸にホテルのアルバイトの面接にむかったんです。そんなことがあったあの時から、もう一年の月日がたったと思うと俺も正直驚きを隠せない。

まぁ結局俺は一流紳士に向かって少しでも近づいているのだろうか?ってことになると実際わかんないのですよ。そりゃまぁ自分の成長なんて自分でわかったらそんなもん神ですよ神。成長したかどうかなんてやっぱり人から見て初めて気づいてもらえるものじゃないですか。

けどね、俺は心の中はもう誰にも負けない紳士やってるんですよ。気分は関西一番レベルの紳士。まぁ口で紳士紳士って言ったところで絶対にその紳士っぽさが伝わらないと思うのでですね、どこらへんが紳士かってのを俺が今からみなさんに熱弁しようと思います。まぁ黙って見て下さいよ。


1.俺レベルの紳士になるとまずレディーファーストは朝飯前。

まず戦いはエレベーター乗り場の前から始まるんですよ。

レディーファーストな振る舞いができる紳士たるとも、女性に一時でもエレベーターのボタンを押させてはならぬのであります。だからエレベーター乗り場の前、ここからまずポジションってのを凄く気にしなくてはならない。右も左も、いつエレベーターのボタンを押されるかわからない敵だと己の心に据えて待機する事を心がける。

俺のデータによると、まずターゲットエリアと思われるポジションはエレベーターのボタンから約0.5m。その範囲に入るとまず人は心理的に自分からボタンを押そうとする人と、違う方法で押す事を考えるでだいたい4対6くらいの割合でわかれる。

そこでいかに自分がそのエリアに入るかで敵のボタン押しをいかに防ぐかが勝負となってくる。ただ、ごくたまにそれでもボタンを押そうとむやみやたらにエリア内に入ろうとする人間がいる。ここで押されてはいけない。ここで敵にボタンを押されては元も子もない。まず俺のような玄人なら、敵がボタンを見る事ができないようなそんなポジションに微妙に移動する。この行動のさりげなさに素人と玄人の差が現れる。

エレベータが無事到着。ここで安心してはならない。到着した瞬間から、エレベータ内部でのボタンエリアを確保することに神経をむけていなければならない。

そう、エレベータは不思議な構造でできている、「開」とかかれたボタンでも「▼・▲」っとかかれたボタンでも扉を開いた状態にしておくことができる。俺みたいな玄人ならまず全員をエレベーターのなかに誘導してから最後に自分が入り、微妙なテクニックとともにボタンのあるエリアを獲得することが可能だが、素人にはあまりオススメできない。

素人なら素人らしく無難にそんな無茶のある方法をとらず、一番初めにエレベータの中に入り「開」ボタンを押す。そしてエレベータの中に全員を誘導する。この方法でも十分英国紳士ではないか。笑顔で「どうぞ」なんてキザな言葉をかけようものなら目の前の女性はイチコロだ。

もちろんエレベータを降りる時も最後まで人が出切るのを見届けてから自分が最後に出る。たとえ遅刻しそうであっても、たとえウンコに行きたくても我慢してそれを実行するのが真の紳士といえよう。まぁ俺レベルの紳士にもなると朝飯前なのだが。


2.俺レベルの紳士になると「お茶どうぞ」は昼飯前。

そう、本格的な紳士にもなると、戦いは食堂の入り口から始まっている。

食券コーナーで一体何を食べるか悩みぬくという戦いもそこには待っているが、いつでも平常心をもって食い物程度で気を動転させてはならない。これが一流紳士の基本。

色々な定食が周りの人間が求めている中、シュールに食券を差し出し一言○○定食下さい、っという。空腹の末、○○定食下さいって何度も叫び狂う錯乱した人たちといっしょになってはいけない。紳士たるとも他人を譲り自分は下がる。これ基本。

しかしまぁこの程度のことならなんてことない。本当の戦いはここからだ。

一流の紳士はいつでも先輩や上司、または友達が飲む飲み物の種類、量、等をデータ化していつでも頭に入れている必要がある。真の気遣いはここから始まると言えよう。

先輩といっせーのーでで飲み物を取りに行くのではなく、自分が人より早くスタートを切ることに一番神経をそそがねばならぬ。早く飲み物を取りに行こうとするあまりに定食の味噌汁をこぼしてしまう等のコンプレインもしばしば起こるが、俺のような玄人にもなるとそんなことはまず100%無い。これは何度も何度も繰り返して経験が生み出した技なのである。

飲み物コーナーに到着し、先輩が欲しい飲み物を量まできっちり守る。少しでも量が変わってしまうと人間心理的におかわりしたいって気持ちになってしまう。そんな気持ちにさせられないようなベストな量を守りたい。でもって先輩が席に到着する頃、さっと黙って飲み物を置く。これ常識。紳士として当然の業。まぁ俺レベルの紳士にもなると昼飯前もいいとこだが。


っとまぁここでは言う事の出来ないような沢山の紳士っぷりによって俺の一流っぽさは保たれているのである。

しかしあまりにもこんな訳のわからん紳士話をしてても多分読者はそろそろ飽きてきたといった次第だろう。だから今日は俺がホテルのバイトで起こったドラマ系の話を少しばかり話してみようと思う。少し位前にあったことなんですけどね、

ルームサービス閉店後の夜、一人のベルボーイがルームサービス事務所にやってきたんですよ。なんか凄い血相でBダッシュしてきたような顔色で。

で、社員の顔を見るなりこういうんですよ。「申し訳ないですけど、明日5時50分くらいに食事とどけてもらえないでしょうか?」

それを聞くなり社員が怒りの絶頂。オマエ何時が営業時間だと思ってるんだと。朝6時開店だぞ6時開店。10分でも早く営業する事がどれだけ大変な事くらいしってるだろ?って物凄い勢いで怒鳴る。それを承知でベルボーイの人だって言ってるにもかかわらず、何ひとつ話を聞こうとしない社員。

「わかりました。できればでもいいんで、5時50分にお願いします。」ようやく断念したのか、ベルボーイの人は泣く泣く「できれば」ってことで話をまとめた。けどもそんな気遣いも無駄らしく、社員の方はまさに6時に持っていくって言わんばかりの態度ですよ。そんなに10分前がよけりゃ自分で持っていけだのめちゃくちゃ言い始める始末。

まぁ社員は6時じゃないと嫌だって言ってますけど、なんか俺にはどうしてもそのお客さんが同情できて仕方ないんですよ。だってほら6時前に開いてるレストランなんてどこにも無い訳ですし。なんとしても6時前に食べたい、そういう希望をこのベルボーイに託した訳じゃないですか。だからね、俺はこの時決意したんですよ。よし、俺が黙って5時50分にもって行ってやろうじゃないかと。

けどね、10分も営業時間をずらすってのはかなり作業がでかくなる。通常営業では5時半におきればいいものが、10分早く営業では5時前にはおきなければならないという大作業。しかも営業前のセットアップ作業を全部一人でやらなければならない事を考えるとなかなか根性がいる決意な訳ですよ。

けどもまぁどうしてもそのお客さんのことを同情してしまう俺。10分でも早く食べたいって気持ちがひしひしと伝わって止まない俺。だから5時前とか余裕で起きれた。

みなさんはあまり知らないでしょうが、ホテルマンの生活ってのは基本的に泊まりというのが基本。前日夕方に出勤して、間に2時間ほどの仮眠を入れて次の日の夕方まで働く。こんな生活が普通。だから仮眠時間が30分でも縮むと思うと苦しくて仕方が無い。けどもなんか俺凄い必死になれた訳ですよ。よっしゃやるぞって燃え上がる闘志が生まれたってなことですよ。

5時前に一番のりしてセットアップ作業を始める俺。社員はまだ着てない。で、もくもくと朝食の用意をする。

俺が朝食の用意を完成した頃くらいに朝食の用意をしに何も知らない社員が起床。俺が全部作業してほとんどやることなかったってのが微妙に悔しいのですが、まぁ誇らしげに出発してやったんですよ。ざまーみろっと。俺は10分前に営業してやったぞっと。

エレベーターの中で居眠りしそうな衝動を抑えつつ、なんとかお客さんのお部屋の前に到着。

コンコンコンッ「ルームサービスでございます」

扉をノックし、返事を待つ。時計を見れば50分の2分前といったところ。完璧だ。さぁでてこいお客さん!

・・・・・。

いつになっても返事が無い。。。とてつもなく嫌な予感がする俺。

コンコンコンッ「ルームサービスでございます」

・・・・・。

これは明らかに。。。。

コンコンコンッ「ルームサービスでございますっっ!!(大声)」

・・・・・・・カチャ。

扉を開けて出てきたのは、紛れも無く20秒前まで熟睡していた顔。でもって次の瞬間。

「・・うんありがとう。もうええからそのへんおいといて。」・・・ガチャン。

とまぁ早くもってこいと急かしておいて二度寝を嗜もうとする物凄い客。

「俺の早起きはなんだったのだろう。」っとまぁここで普通なら落ち込むところだが、何か妙にこの時はそれ以上の何か達成感みたいなやつに駆られた。50分にもってきてやったぞ。どうだ、一流おそれいっただろ!っとまぁ一人で勝手に満足してたのである。まぁこういった事件も有りで相変わらず一流にはなれないが、気持ちだけはりっぱに一流やってしまえるもんだと思う訳だ。

いろいろあったこの一年。絶えず続けたホテル生活。以前だったら明らかに怒り狂っていたような場面でもなにかと落ち着いていられる。バカっぽいが物事あんまり悪いようには考えないようになったのはちょっとした儲け物だったかなっとホテル生活からそんなことを悟った一年でした。


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