クリスマス。そのときヒロは。

2004/01/05

クリスマスなんていうイベントが開かれた訳だ

聖夜の夜。町中にもみの木が無駄に生えてきて、男と女も必要以上にラブを交し合うクリスマスな訳ですよ。

俺はそのとき、バイト先のホテルで、ルームサービスのシャンパンとかおいしそうなディナーを運んでたんです。クリスマスの忙しさで10日くらいは家に帰ってない。携帯電話も3日くらい前に電池切れてそれ以来。

外はどんどんクリスマスムード高まり、町のあちらこちらにもみの木生えまくり。いつもに増して灯りが強くなっていく。しかしそれを見てない俺にはなかなか毎年味わうクリスマス感覚が蘇らない。まぁそんなことはどうでも良いのだが。

ふとある部屋に料理を届けたときだった。

いつものように部屋に入る前軽く一礼して真っ白のクロスが張られた大きなワゴンに料理を乗せて部屋に入る。

雰囲気のあるカップルにばかりの部屋に行くのがこの12月24日のルームサービス。普段は怖そうなやくざ様から表に顔をさらせることのできない芸能人。移動が困難なご老人が主となる普段のルームサービスがこの日は絶対カップル。シャンパン片手に「君の瞳に乾杯」とかささやきたがってるまさに本物のバカップル様が勢ぞろいしてくれるのだ。

しかしこの部屋はやや雰囲気が違った。部屋の扉を開けた瞬間にするあのカップル臭ってやつがないんですよ。

もうね、たまげた。不意をつかれた。カップル臭じゃなくて。セックス臭だった。

ベットにありえないくらいぎっとりとついたシミ。少し湿気を発した部屋。これは相当絶倫といわんばかりのモノですな。

少しも息をしたくない。そんな環境の中、一人やや疲れ気味の女性が部屋の椅子に座っていた。男はシャワー室にいるらしく、予約の時間である今は、偶然女が対応するという形になったらしい。

顔の表情は硬い。だが目はすごくとろけている。いやらしい、エロい目つき。そんなもんではなく、むしろ疲れきったといった感じ。

「ありがとうございます」ルームサービスよりまえにセックスなんぞを嗜む無神経さ。だけどこの一言聞いたとき、正直驚いた。けっこう礼儀を心得ている。

しばらくして料理の用意ができたとき、中からすごいチャラチャラしててヤングな兄ちゃんが出てきた。女の落ち着いた感じに似合わず、男はすごく派手だ。

うむ、俺がもっとも苦手としているタイプだ。心の中にそういうのが沸いて出てきた。俺の様子を2秒3秒みると、またシャワー室に戻った。

女が突然口を開いた。

「クリスマスもお仕事ですか。本当に大変ですよね。」よく言われるそのせりふに、俺はいつもこう答えるようにしている。「いえいえ、クリスマスに働くのが趣味ですから。」そういっておくのが一番悪くない。

「そうなんですかー」すこし微笑むと、外の景色を眺めた。

「このホテル今クリスマスのデザインになってますよね。すごく綺麗。」女はそう言ったが、外の空気にまったく触れていたい俺にはまったく想像がつかない。

「ありがとうございます。」声を低めに笑顔俺は答えた。

女も少し笑った。

そうこうしているうちに、料理の用意ができた。忙しいので、これ以上お客様に時間を割いてる暇なんかない。

「ごゆっくりどうぞ。」そう言って部屋を出るとき、相変わらず丁寧に「ありがとうございます」とシャワーの音に負けないように俺に言ってきた。

少し落ち着いた雰囲気。あの笑顔。部屋を出てからなんとなく思い出したように察したけど、多分あれはデリヘルとかそれ類だ。

けっこう年行ってるように見えたけど、実際俺と年はそんなにかわらないと思う。「クリスマスまでお仕事大変ですね」みたいなことを言っておきながら、実は自分もお仕事だったと。

クリスマスを嗜む時間の無い人間はこんな所にもいた。普段考えたこともないデリヘルの女の気持ち。生まれて初めて考えた。世間ではクリスマスは彼氏が一緒にいってくれないいやだと駄々をこねたりする女性だっているが、こうやってクリスマスもどういった理由があるのかは別としてこうやって仕事をする女性だっているってことを。

もしかしたらあの時のセリフは、俺に言ったのではなく自分に言ったのじゃないか。

「クリスマスもお仕事ですか。大変ですね。」

けど俺は自信を持って言える。「俺はそれだけが誇りだ」って。金を稼ぐただそれだけのりゆうだけど、この一年一度だって休まずにここまで働き通した。クリスマスも無休な俺はここまできたらもはや誇りでしかなかったね。

エレベーターで事務所に戻りながら、一人ボソっと言ってみた。

「メリークリスマス」


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