2003/06/12

以前も言ったことはあるかもしれないが、母は一日12時間働く女だ。

平日はさることながら、土日祝日関係無しに常に24時間365日年中無休バイトやら仕事やら色んなものに追われている。これだけ働いているにもかかわらず家事はしっかりこなしているのだ。もはや尊敬の域に達している。

俺も現在は2つのバイトを掛け持ちしてがんばっている、だが母のように12時間ギリギリまで働いてはいない。だから正直言って、自分が母以上に働いていないのが悔しくてたまらない。だから時たま俺も無理なシフトの入れかたなんかをして自分の体を思いっきり痛めつけようとしたりする。母以上に働かないと正直不安だ。

週末。合計3日で4時間しか寝ないで母よりも働こうと意地になって働いてみる俺。それは逆に最悪の結果を招いた。たかが3日ならまだしも、それが毎週続くとなると18の体とはいえ限界が出てくる。

朝起きたら物凄い頭痛とめまいに襲われた。夏だというのに分厚い布団かぶって寝るようなこの俺が風邪などひくわけがない。きっと疲れが溜まって爆発したといったところだろう。

しかし普段から強がるバカな癖を持っている俺だから、周りには普段とたいして変わらない自分を必死にアピールする。その日も朝6時から仕事だったので、寝ている母を起こさないようにそーっと玄関のドアを開けて出勤する。

意識はどうにかはっきりしている。だが目の前の仕事の効率はあきらかに落ちまくっている。効率は落ちまくっているのにこれ以上仕事を捌くことのできない俺。あいかわらず強がって何もないように顔では余裕を見せた。心の中では悔しくて悔しくてたまらなかった。

バイトが終わり、帽子でペシャンコになった頭を水で直しているとき、鏡にうつる自分の顔色に思わず鳥肌がたった。どこまでも青白くまるでモノクロ証明写真のように色が変色した己の顔。その顔にむかって俺は満面の営業スマイルなんかを見せてみた。俺って全然大丈夫じゃないかっていいきかせるように。

帰り道。意識はまだちゃんと残っている。むしろはっきりしているが、自転車のペダルをこぐ力が明らかに弱くなってる。弱くなってるのにこれ以上力の入らない俺。さすがに人の前では強がっていた俺だが、このときばかりは体の危機ってやつに押しつぶされそうだった。

世間体は気にしないが、俺は変なところにプライドを持ってるのかもしれない。人の前ではこの苦痛も笑顔で笑ってゴマかせたが、人がいなくなった瞬間正直笑えなくなってる。

家に帰ると40分はたっていた。普段15分で到着する家までの道を、普段の倍以上かけてゆっくり到着したのだ。時計を見ながらそんなことをしばらくボーっと考えてみたが、目の前のソファーに寄りかかるまで5秒ともたなかった。

正直アレですよ。もうここで目つぶったら一生目さまさないかもって思いましたね。久しぶりに布団に入ったようなそんな感覚でしたよ。

汗グシャグシャになって目をさました。きているTシャツが絞れる勢いでビショ濡れ。目の前には妹やら母がいる。夜の10時にならないとこの2人のツーショットは実現しないので、そんなに寝てたのかと一瞬あせった。が、時間を見れば7時。俺を心配して帰ってきたなんてことも絶対ありえないし。。母が目を覚ました俺に気がつき、心配そうに俺の顔を眺めた。

「ずいぶんしんどそうやな」

「いや、大丈夫やで。」

母は相変わらず優しい。俺が病気だからという理由も関係なく普段からやさしい人だ。やさしい上に女としての強さを持ってる人。心配している母の気持ちは十分に伝わってきた、だが俺の相変わらずバカ強がりな性質が素直に返事を返させない。

「なんかうなされてたで」

「ただの寝言やろ」

「明日バイトあるの?」

「あるで。まぁ今日一日十分寝たから大丈夫やって。」

母はしばらくしておかゆなんかをこしらえて持ってきた。そいつを物凄い勢いで鍋までも空にしてやると、俺は再び眠った。

それから2日後の朝。俺はかなり元気になっていた。今日は久しぶりに一日丸ごと休みだ。そんなすばらしい日まで寝込んでいるのは正直ゴメンだ。

今年の夏のTシャツもチョイスして久しぶりに吉野家の牛丼でも食って、自分のパソコンのメモリもこの日に買おうなどとルンルンだった訳ですよ。鰹節の更新だってここ最近全然できてない。FF11だってせっかくプレイできるようになったのに未だ2〜3回しかやってないではないか。

朝はいつもの癖で早く起きる。弁当作ったり学校の支度でバタバタしている我が家の朝を、お茶すすりながら余裕かまして眺める。まったく騒がしいやつだぜ、本当にやんなっちゃうぜ、っとか端っこでそうつぶやいてるわけです。「ま、俺は休みだし」そうやってフリーターの平日休みを自慢げに見せ付ける。

妹2人も学校に行って、しばらくまったりとワイドショー番組なんぞを眺めていた。今日更新しなかったら10日になるぞっとまぁ正直あせってたので、鰹節の更新をしようと我が愛するマイPCに向かった。

むむむ??

台所で母は崩れ落ちていた。目の前の携帯の画面相手に半ベソかいている。

どうやら父にまた泣かされている様子。

父は普通の人比べて少し変わっている人だ。家には何ヶ月も帰ってこない。仕事が終われば呑みに行き、酒をガブガブ飲んで飲みつかれてそのまま寝る。目が覚めれば家に帰ると見せかけて仕事場に行く。そして仕事場で毛布に包まりねむる。週に1度はたとえ妹の誕生日であってもゴルフに行き、仕事付き合いといって豪華な飯だって食う。

しかし俺は最低なオヤジだとは思っていない。生命保険をおろして俺を高校に行かせてくれたすごい人だ。だが、家族として意識したことは無い。小さなころからほとんど顔をあわせることのなかったオヤジに、家族という感覚を覚えることは一度も無かった。

「どうしたん?」

思わず聞いた。

「あ、ヒロ・・・」

「もしかして最近仕事に行ってないとか??」

母は朝工場のアルバイトをして、夕方から父の店の手伝いをしている。本人いわく「させられている」という感覚らしい。

店の手伝いを休んだら家には金を入れないという父の考えから、母は絶対に店の手伝いをやめることができない。だが父の入れるお金というのもそれはそれはも激ヤバに少ないらしく、俺たち兄弟を食わせるために工場のバイトを掛け持ちしている。いつ倒れてもおかしくない。

昨日も2日前もそうだった。普段店の手伝いをしていたら夜の10時までかかってしまうところを、夕方の7時には帰ってきているのだ。店の手伝いを休んだとしか考えられない。

工場のバイトは苦しいながらも楽しんでやっていると普段母は行っている。大好きなコーヒーに囲まれて有意義な時間をすごせると。ただ、店の手伝いだけは本当に苦しいだけだと。俺たち兄弟はみんなファーストフードのアルバイトをやってしまうくらい大の接客野郎なのだが、母は気を使いすぎる性格なのか、どうも接客というのが苦手でならないらしい。まぁぶっちゃけ父と同じ職場ってのが一番苦痛なのだろうが。

「なんか最近おかしくて・・・」

母はついに精神的に参ってしまって、父の店のある駅で降りれなくなったらしい。目の前におりなくてはならない駅があるのに、体がかなしばりのように締め付けられて動けなくなる。気がついたら終点の駅まで行ってしまうといった次第だ。

降りよう降りようとこの数日何度も挑戦しているのだが、父の店のある駅では降りれない。毎回からだが椅子に張り付いてはがれようとしない。

これは明らかに普通ではない。だが、父はそれでも家に帰ってこないで母にひたすら仕事に来いと怒り狂っている。駅に降りれないなんていい訳だ。そんな意味のわからない言い訳を考えてる暇があったら、おまえのせいで仕事が増えて苦しんでいる従業員のためにも少しでも働けと。

思えば今年の最初のあたりだっただろうか。

妹の行ってる学校というのがこれまた顔に似合わずお嬢さん校で、修学旅行なんかで海外なんかに行っちゃう訳のわからん学校。

貧乏ではない。飯を食う金は最低あるから。だが、けっしてお金がある方とはいえない我が家で海外旅行につれていくようなお金などどこにもない。だがしかし、せっかくの修学旅行。これがいけないなんてもはや一生物になるに違いない。

無いお金を必死にやりくりして修学旅行費を納めていく。そしてこの日、パスポートを発行する日となった。

パスポートを作るには戸籍が必要になる。忙しい合間をぬって、母が戸籍をとってきた。

どれどれ自分の戸籍を見てみよう、っと妹が古臭い字で書かれた紙切れをまじまじと眺めた。

「え、誰?この人」

妹は一人凍りついていた。も恐る恐る紙の中を覗き込んだ。


そこには見たことの無い女性の名前が父の傍らで一緒に並んでいた。女性の名前には、大きなバツ印がついている。

母はテンションがマックスまで落ちる。

「お父さん実はバツイチやねん」

そう一言言い払うと台所へ向かった。おいおい!マジかよ!オヤジって再婚だったのかよ!ありえねぇ!絶対ぇありえねぇ!

兄弟は動揺した。女子高生青春まっさかりの妹も、オヤジ最低って連呼しまくる。家族と父との間がだんだんおかしくなってきたのも、思えばこのときからだったのかもしれない。

気が病んでる母。俺が寝込んだときに一番心配してくれた母を、今度俺が救ってみようと思う。父は最低だとは思っていない。だが、日本一たよりない男は間違いなく父だと思う。

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