ルームサービスメモリー2

2003/04/21

ある日のことだった。

その日はちょうど雨だっただろうか。否、そんなことなどどうでもいいが、とりあえずある日のことだった。

俺は某一流ホテルでルームサービスのアルバイトなんてものをやっている。といってもまだまだ下っ端なのだが。

熱々のお料理をこの日も届けてたんですよ。お客様の部屋にお料理という名のファンタジーを届ける重要なお仕事。ファンタジー=俺ってのがこの世の定理なわけで、なんだろうか俺にしかできない仕事ってヤツだろうか。アハハハハハ

さてさてそんなくだらない話はさておき、お料理を届けるという超重要任務を終えた俺が、帰りに廊下を歩いているとふと怪しげな事件が勃発したのです。

お客さまの部屋から奇怪な声が聞こえる・・・

なんだアレか、夕方の火曜サスペンス劇場では定番ともいえるようなシチュエーション。ホテルの個室から奇怪な声ってことだから、ドラマみたいな殺人事件の一つでも発生してくれたのだろうか。

ここは金田一よりも頭脳明晰だと自称する俺の出番じゃねぇか。毎日下っ端やってる俺がここで事件の一つくらい解いて一発目立てるじゃねぇか。っていうかこんな生生しいイベントにぶつかるなんて俺ってなんてラッキーなんだろうか。

「キャーキャー」部屋から怒涛の声が、女性の脅える声、閉ざされた部屋、完全犯罪の予感。しかしここは32階。どう考えたってこの扉を開かないと逃げることはできないのだ。この廊下を通らないと犯人は逃げ口などない。

天空の白ラピュタみたいに飛空挺から窓をつたって逃げるシータみたいな名シーンなんかこんなところで誕生させるバカなんかいねぇはず。ここにいれば、、、ここにいれば犯人を目撃できる。

不安というよりむしろワクワクしていた。さぁ出て来い犯人。

「キャーキャー」

未だ消えぬ女性の脅える声。

・・・。

ん?

違う違う!何かが違う!いくら女性の脅える声とはいえども、それだけ脅える時間あったらとっとと逃げろよって感じですよ。

しかもなんだか妙にリズミカルじゃねぇか。リズミカルに脅える女性の声ってどうもって思いますよ。やっぱ不規則なリズムとビート刻んでもらわないとサスペンス劇場のような激動の雰囲気ってのが完成されませんよ。

「キャーキャー」

!?

・・・なんだろうか。今確信した。殺人の予感とかそういう男のスリルの本能じゃなくて、別の意味のワクワクがなんかいま俺の中で物凄い勢いで発動したわけですよ。

そーっとドアに耳を傾ける。そーっと・・・

「キャーキャー」

「きゃーきゃー」

・・・。

「はぁんはぁん♪」


そう、俺が殺人事件だと期待に胸弾ませていた恐怖の叫び声は、セックスに狂う悦びの声だったのだ。

壁一枚のむこうではいま、男と女が棒の出し入れ大会を繰り広げている。美しい景色と美味しい食事、そして熱い棒の出し入れ大会。

いやはや、まいったなぁー。俺って今仕事中だぞ。仕事中だというのにねぇ・・女性のセクシャルな声を聞いて発情しちゃったらどう責任とってくれるつもりなんでしょうねぇ、このお客さん。

女性のセクシャルな叫び声に合わせて、俺もリズミカルにお自慰しちゃいそうな勢いじゃありませんか。本当にけしからんお客様だ。お客様は神様っていうけど、こんなセクシャルな声を響かせて俺の脳にピンク汁ダクダクに出さされた日にはそんなもん時給の割りにあったもんじゃありませんよ。許されませんよ。

リアルではね、そんなもん堂々といえませんよ。しかしネット上では勇気を出して言っちゃう。いや、むしろ胸を張って堂々と言えちゃう俺の変態っぷり。この誇り高き変態のヒロさんがですよ、毎日エロとかオナニーとかそんなもんガマンしてガマンしてむしろいつの日かそんなことをすること自体忘れるくらいまでに己の変態を抑制しきったこのごろの俺なんかにですね、女性のセクシャルな声などはたして聞かせてよいものだろうか。

言っとくが何ヶ月もエロを消し去って働き続けた俺の心は今、「先生、オナニーってどういう意味なんですか?」って堂々と言えちゃうようなエロスを全く持って知らない純粋な少年だったあのころのような実にピュアで実にナイーブ極まりない心をやってるわけですよ。

そんな美しい心に折角なったにもかかわらずこんなセクシャルな声を聞かせるなんて。非道ってのにも程があるってものですよ。ほんと蹴散らしてやりたい。むしろ俺が参戦してやりたいよまったく。


そんなことをうららうららと考えながらしばらくその部屋の前で立ち止まっていると、目の前からベルガールのお姉さんがやってくるじゃありませんか。しかもなかなかベッピンさんなベルガール。こちらもまたなかなかセクシャルな感じの女性。

そんなベルガールに女性の喘ぎ声を獣のごとく、はたまたエロ本買いたての少年のごとく貪るように聞き狂う俺の姿なんか目撃されようものなら俺の変態はたちまちバレまくりのバレッシング。確実にバイト辞めですよ。

たった30秒だ。一分も聞いてないぞ。たった30秒聞いてただけ。むしろこんなことヤッってる大人もいるもんだなぁっと社会の陰を見る社会勉強気分で聞いてた俺がちょっと見られただけで変態あつかいとかありえないですよ。

そりゃあね、10分も立ち聞きしてたりだとか、いきなり下半身露出とかそういう非人間な行為に及んでいるようなら変態扱いしてくれても結構だが、まだ俺は30秒立ち聞きしていただけだ。全然変態の域に達してないではないか!これで変態とか呼ぶなら俺は地下鉄で女性専用車両のせいで妙なストレスを抱えてる痴漢どもを連れてきて目の前に曝して訴えてやるよ。声を大にして言ってやるよ。こいつが本物の変態だと。

もうチョット聞いていたいなぁっていう衝動を抑えつつ、普通に歩いてたかのように装う俺。

完璧だろう。もうチョット聞いていたかったよ。確実にあと3分くらいは聞いてたかったよ。けどそれをグっと堪えてこうやって堂々と何も無かったかのように装って歩いてるのだ。こんな力のこもった名演技などそそうにないはず。

人間ってのは犠牲を伴った時真の力を発揮するのだ。セクシャルな声を聞きたいという感情をグッとこらえて今何も無かったことを装う。きっとこのときの俺の歩き方は生涯もう作り出すことはできないであろう最高の演技になったにちがいない。

すれ違いざま、「おはようございます(注:ホテルでは朝でも晩で時間関係なく「おはよう」って言う習慣がある)」っと会釈して通過。このときの俺ときたら世界一の素敵なフレッシュボーイに見えたであろう。っていうかそう見えて当然なはず。

ベルガールの横を通過。なんとか一難去った。さてさて俺はプロの仕事人。いつまでもセクシャルな女性の喘ぎ声のそのリズミカルなビートなどに惑わされないできっちりしごとに戻ろう。しこたま働いてバッチリ稼ぎマスよ。

そう思ってエレベーターホールに到着すると、おやまぁさっきのベルガールも!違うルートを通ってこのホールに到着した様子じゃありませんか。

俺もその隣でエレベーターの降臨を待ち望む。時間との勝負であるルームサービス。少しでも早くエレベーターをキープしておきたい。

まだだろうか。まだだろうか。そう焦る気持ちを他所に、ベルガールがこっちを見る。こっちを見るというよりこっちを観る。なんだろうかね、さりげなく語りかけるような優しげなあの見るじゃないんです。もうね、もはやそういう域を超えた観察するような鋭い目つきなわけですよ。

俺もその方向を向く。今気が付いたぜってノリで振り向くと・・・・


ニコ・・・・

何だろうか今の微妙な微笑みは。微妙で微妙で。営業スマイルでもなければ恋人に投げかけるフレッシュなスマイルでもなく、だからといってマクドナルドなんかで無料御奉仕してもらえるような無償のスマイルでもなく。

まだまだしりの青いガキだな。セックスのセクシャルな声くらいに敏感に反応しちゃって。もうお子様っとでも考えてるのだろう。いや確実にそういう顔だ。

でもって昼下がりのティータイムにはOLいっぱいの食堂で話題のおかずにして楽しんでくれるのだろう。嗚呼、畜生。

男と女。ホテルにも行けばやっぱりやることはきまっているとそう悟った今日この頃でした。