一万人の凄い人へ

2003/04/09〜10

なんというかね、胸トキメクようなイベントがここ最近なかったんですよ。

多分他人が俺を見たら、その表情はすっかり30代40代のつかれきったオッサンの顔になっていたに違いない。気がつかないうちにため息なんかついてたりして、生活に光っていうものがなかっただろうね。充実というものがなかったのだろうね。

今日もそんな微な表情をしながら吉野家で牛をしゃぶってたわけですよ。いや、微な表情なのかはどうなのか実際わかんないよ。けど店員さんにはきっとそんな表情に見えたのでしょうね。そんな俺に一つでも希望の光ってやつを射してやりたかったのでしょうね。

そう、それは牛をしゃぶったあと勘定を済ませた時におこった。

時間を見ればなんとまぁとんでもない時間。ダラダラ飯を食ったせいで、バイトが遅刻しそうじゃねぇか!いっとくが俺はプロアルバイターだぞ。プロがアルバイトを遅刻なんてとんでもない、論外じゃねぇか。

今吉野屋って250円セールやってるんですよね。だから俺も普通に250円を置いて足早にその場を立ち去ったんですよ。さっさとバイトに行かないと遅刻遅刻。レジなんか打ってもらってる時間ないからお金だけおいて店のドアを大げさに開いてたちさる。

「チョットマッテクダサイ」

なんと店員さんが俺の後を追ってやってくる。急ぐ俺の後ろをバタバタと追っかけてくる。ハァハァ息きらせながら吉野屋の店員さんがBダッシュしてくるじゃありませんか。

ちょっと焦ったね。俺ってもしかして勘定間違えたのか?もし間違ってるとしたら俺は泥棒じゃねぇか。100円玉を出してると見せかけて実は間違って50円玉を出していたとかそういった類のケアレスミスを起こしているかも。

18でいきなり犯罪。毎日毎日バイトに励んで20万を越える月収入の俺がいきなり50円のミスでどん底人生ですよ、それだけはふせがねばならぬ。50円泥棒で犯罪とかそんな恥らしいことありえない。

急いでるところだが一旦停止、でもって店員さんのところへ詰め寄った。

ところが吉野家の店員そうとう体力を消耗した様子。しばらくハァハァ言ってるだけでメインのお話を展開しない。はやくしてくれよ、俺だって急いでるんだ。


「オキャクサン」

見るとフィリピン系じゃねぇかこの店員。しかもそこそこに年齢もいい感じでセクシャルな感じ満ち溢れてるじゃありませんか。

しかしまぁバイトが危機迫ってるのもあって、エロスとかフェロモンとかそんなもんどうでもいい。とっとと用件を言え。


「オキャクサン。カードワスレテマス。」

フィリピン系セクシャルウーマンは俺に一枚のカードを渡す。それはなんと吉野家のキャンペーンで実施している一日10000人に牛丼が当たるとか言ってるあのスクラッチカードじゃありませんか。なんとまぁこのセクシャルウーマンはこのカードを俺に託すただそれだけの為に息切らせて走ってきたのだ。

俺には今サバイバリィな世の中に慣れきっていてすっかり希望のない表情があった。それを心配してこのスクラッチカードという名の希望を与えたかったのだろう。いや、むしろ与えておかなければならないと切に感じたのであろう。なんと親切なセクシャルウーマン。

っていうかね、一万人のうちの一人だよ。一日何人の人間が牛をしゃぶってると思ってるんだ。そんなもん簡単に当たるわけねぇーよ。当たらないってわかってるからこそ貰わないといったそういった精神も人間持ち合わせているんだよ。

でもまぁ、このフィリピン系の女性。目をキラキラさせながら俺にカードを渡している。彼女にとっては一万人のうちの一人でも立派な権利なのだろう。たとえ少なくても大きな希望。だって当たるかもしれないという可能性はそこに孕んでるわけじゃありませんか。

きっと彼女の故郷は日本なんかよりもずっとサバイバリィだったに違いない。日本だってそこそこにサバイバリィな環境をやっているが、彼女の生きた故郷は生きるか死ぬか。甘えも許されないスリルに満ち溢れた危険峠な我が道を上がったり下がったり。

そんな環境で彼女は少なからずや悟ったのだ。たとえ一万人のうちの一人にしかなれないような少なげな可能性であっても、その可能性にかけてみるべきだと。そう思ったからこそ彼女も今日本にいるのであって、希望の欠片もなかった俺の表情をみて少なからずやそのカードにかけてもらいたいとそう心から思ったのだろう。ほんとうになんて親切な野郎だ。

もうこうなったらその一万人になるという希望に挑戦するしかねぇ。一日一万人だけの凄い人になってやろう。

指先に注がれたパワーとエナジー。渾身の想いでそのスクラッチを削ってみる。

・・・カリカリカリ


「残念」


まぁこれくらい予想してた展開だ。そんなもん簡単に当たってしまったら吉野家だって生計たたないだろう。商売あがったりだ。

でもなんだろうか、つい数分前とは違うこの心のトキメキは。乾ききった心に水が注がれたような潤いのあるこの感情はなんだろうか。もうね、希望に満ち溢れてるわけですよ俺の心は。

すげー当たりてぇ。

一万人のうちの一人に俺もなりてぇ。スゲェなりてぇよ!一万人のうちの一人になれるという凄い快挙をなしとげたい。でもって凄い人になりたい。

バイトも昼休みに差し掛かった頃だろうか、無性に牛丼がしゃぶりたくなった。牛が純粋にしゃぶりたいというより、むしろ一万人のうちの一人になりたいと美食家としてはあってはならぬ不純極まりない理由で牛がしゃぶりたかった。徐にしゃぶってしゃぶってしゃぶりつくしてやりたかった。

バイト先の制服のまま吉野屋にむかう俺。その時の俺の表情はなんと輝いていたことだろうか。生き生きとしてまるで遊び盛りの純粋な少年のようではないか。なんと素敵なことだ。

フィリピンウーマン!サンクス!

並弁当購入。そしてカードももちろんゲッツ。本来ならば一万人という運命の懸かった部分なので、カードは一枚一枚己の力で見極めてチョイスしておきたいところだが、彼らは今一時間を1050円という高値で提供している。そんな彼らをただのオバカフリーターのオバカ行為なんかで潰させてはいけない。むしろカードを俺に手渡すその瞬間だけでも時間を割いてくれるだけ感謝せねばならぬ。土下座級に。

こんどこそは当てておきたいスクラッチカード。・・・カリカリカリ


「残念」

いやぁー惜しいね。本当に当たるんじゃないかって一瞬思ったのにね、ほんと一万人のうち一人なんていう凄い人への道はまだまだ長そうだ。

しかしここで諦めてはならぬ。まぶたを閉じればよみがえるフィリピンウーマンの輝く瞳。でもって俺に囁きかけてくれるんだ「お客さん。ゼッタイニアテテネ。・・ウフ」ってセクシャル極まりない声で囁く。そんなもん絶対にあきらめられねぇ。

現時点ですでに500円も吉野家に捧げている。500円って言えばあれだぞ、駄菓子屋行ったらベビースターラーメン食べ放題だぞ。夢が叶う高額500円を、朝昼だけで食いつぶしてしまったのだ。けどね、もういい。全然いい。凄い人になる為の500円だったらベビースター食べ放題とか全然諦めがつくぜ。

昼休みの豪華牛丼ディナーもそこそこにしこたま働く。朝は牛。昼も牛。でもって晩も牛だ。ここまで徹底した健康管理。栄養は全て牛からまかなうわけだから、その分働いて牛を消費せねばならない。油ギトギトな感じ漂う牛だからこそ、働いて体内で今こそ燃焼させるのだ。

いやーなんだろうかこの充実感は。懐かしいくらいに今俺は充実感に満ち溢れている。仕事が終わればあのスクラッチカードが手招きして待ってると思えばもはや全然苦じゃねぇ。苦じゃねぇよまったくもって!

仕事が終わると俺はもはや本能だけで行動していた。体が吸い込まれるように吉野家に入る。本日3度目の吉野家。

すでに2回ハズレが出ているし、これ以上ハズレを出せない。俺のサイフだってきっと泣きまくりに違いない。そういった具合で今回の牛が最後にしようと心に誓っていた。これが最後だ。これで失敗など許されない。

そう思うと、今まで利用していた吉野家には大変失礼だが、かなり縁起わるいので別の吉野家で決行することにした。だってね、もうすでに2回ハズレだしてるんですよ。フィリピン系のエロスな店員との出会いはたしかにそこにあったのだが、最後の250円は無駄など許されない。

今俺は生きるか死ぬかの絶頂にいる。そう、あのフィリピン系女性のように・・。フィリピン系セクシャル店員は俺にこの絶頂を味合わせたかったのだろう。絶対にそうにきまっている。あの時みせた俺の微な表情。40代とかそんなもん通り越してそれはもはや人間の域を超えた絶望の表情。この世の鬱風にさらされてため息しかつけない顔となっていた俺にこのスリルという名のロマンを与えたかったに違いない。絶対にそうだ。

ゆっくりと吉野家のドアーを開く。そう、ゆっくりとだ。いきなり威勢良く入ってはいけない。礼儀と誠意を持って吉野屋に感謝しながら入るのだ。戦火はきられた。今こそ勝負の時だ。

昔の武士や侍は、戦う前には腹ごしらえをしていたと言っている。戦の前に腹ごしらえをすることによって、戦いに備えた。腹膨れてこそ100%の真の力を発揮できるのだ。

そう、俺もその戦の前の腹ごしらえをしなくてはいけないのだ。250円?そんなもんじゃあのスクラッチカードと正々堂々戦えない。アレだろ、ここまでデッカイ敵にもなると、350円の大盛りくらい食っとかないと無理だろ。勝算ないだろ。

一番レジに近い位置をチョイス。これはいつでもグットタイミングで勘定を行うための心構えだ。自分でスクラッチカードをチョイスできないのであれば、店員と勘定をするタイミングでチョイスする以外方法などない。勿論偶然など狙っていない。ギャンブラーは運ではなく時に選び抜く判断力も要求されるのだ。

適当に貰ったスクラッチカードで当たりなど出るわけがない。俺は言っとくがマジだぞ。マジで当てるつもりで牛をしゃぶってるんだぞ。そんな適当なこと許されてたまるこものか。

目をつぶりゆっくりとすする。ゆっくりと舌と歯と全てで牛を楽しむ。嗚呼、こんなにうまい牛をしゃぶったことなど未だかつてあっただろうか。俺が生まれた中でこんなうまい牛など食らったことはそそうになかった。いや絶対にこれがはじめてた。

最後の一粒までに想いを込めて食べきった。食しきった。

さて、勝負はここからだ。

いつ勘定をするかだ。今という時が俺の全てを決める。一万人に入るか入らないかだ。

そのとき俺はここに生きるか死ぬかのスリルを感じた。そう、男が本来求める本能のスリルを。ワクワクするこの気持ちは何と例えようか。スクラッチ一つにここまで想いを込めることなど後にも先にもきっとないはず。


今だ!


タイミングを求めて俺は店員を呼ぼうとした。すると・・・・


「兄ちゃん勘定!」


となりのオッサンが割り込む!怒涛の勢いでオッサンが俺の勘定を抜いてさっさと金を払う。

何しやがるんだこのオヤジ!そう怒りの絶頂を迎えた俺にむかってオッサンは一言言い払った。

「兄ちゃん。そんなんやったら店員気がつかへんで。勘定やってわからへんで。」

そのとき俺は社会のサバイバリィさに気がついた。そう、俺が本当に忘れかけていた本来の社会の厳しさ。社会に出て今何ヶ月たったのだろうか、よく憶えていないが社会に浸りきっていてすっかり忘れきっていたサバイバルな魂ってやつを思い出した。

そう、世の中なんて全くつまんないものじゃない。勘定の取り合いなんてほんとに些細で小さなものだが、そんな小さな舞台でも熱いバトルは開かれている。火花を散らして男と男の戦いは起きている。

本当のスリルは、俺の身近な生活に満ち溢れていたのだ。例えば並んでいる駅でキップを買う時、例えば足元に10円が転がっていた時、例えば隣のオッサンの煙草のケムリがウザかった時。

あなたは今どんな戦いをしていますか?本当に小さな戦いかもしれないが、それがサバイバルな世の中に見え隠れするスリルという名の戦いなのです。そこに死ぬか生きるかをかけた情熱。戦いは今生きている中でおきている。

俺は今3度目のスクラッチカードで再び「残念」をひいた。しかしそんなものよりも隣のオッサンに負けたことに悔しさを感じる。今だというタイミングを決行できなかったそれに悔しさを感じてならない。例えオッサンに勝っていても当たりなんて到底でない、だが今だというタイミングを決行できないそれだけに惨めさを感じる。己を突き通すことによって凄い人となれるのだ。


たかが吉野家のスクラッチカード。しかしそれに俺は男のロマンという名のサバイバルを再びみつけたのでした。

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