ハードボイルド

2003/03/19

俺は力の限り自転車を飛ばしてるんです。

なんで俺の愛してやまない愛車「マグナム4号」の寿命を縮めるような怒涛の走りをしないといけないのかって言いますとね、ことの始まりは俺がメインで働いているミステァードーナツのバイト先でのこと。

シフト係りの美貌は抜群だが性格が超怖い京子さん。俺が一流ホテルのアルバイトに合格してここのミステァードーナツと掛け持ちするのがひどく気に食わない様子。フリータに自由を主張する権利などないとかわけのわからないこと言ってる彼女ですからね、こうやって深夜のアルバイトとかに入る奴がでてきたら超ムカツクと言わんばかりにご立腹するんです。

しかしそんなことを言われてもですね、俺だって生活かかってるっちゅーねん。フリーターが人間的生活を送るのに掛け持ちでアルバイトなんかそんなもん普通であって誰も責めることなどできないはず。しかしそんなことを知ってか知らぬか俺が深夜にホテルのアルバイトを入れたことに酷くご立腹している。あきらかに俺が正しのにもかかわらずペコペコ頭さげてるし。

初出勤の日を土日に入れた。いよいよ俺も今週の土日に一流デビューするのだ。一流のホテルで一流になじみ、その暁にはみんなにヒロさんて凄い人なんだねって言われるような凄い男になる。

しかしそんな俺の想いを知ってかしらぬか、シフト係りの美貌の京子さん。即答。


「ごめんねーヒロ君。土日ちょっと残業だわ。一流ホテル断っといて」


もうね、ありえないと思うよこの発言は。うちのバイトが忙しいから他のバイトは断れですよ。マジありえない。

俺の一流への想いと信念は初日から空回りです。そりゃあね、俺だってミスドのバイトをメインとしてフリータしてるわけだから副職の方のアルバイトを断るのはまぁ普通に考えればまったく不自然でない。でもね、俺だって一応人間なのです。普通の人間でありごくふつうの紳士な男性やってる俺が初日からいきなり無理って断るなんて人間失格な話じゃないですか。俺がホテルのシフト係りだったら間違えなくそいつの神経疑うよね。

バイト初日。そんな状況下でどう謝れと?電話でごめんなさいって言うのか?ありえない。俺はそんな非道極まりない人間をやってる覚えは無い。

だから俺は自転車を力の限り飛ばしてるんですよ、勤務先のホテルにむかって。やっぱ一流相手だから一流は一流らしく、紳士な心を持って現地で頭下げとかないといけないと思ったんです。しかも今夜はなんとまぁカラオケのアルバイトがあるじゃないですか。カラオケのアルバイトまで残り6時間を切って俺の睡眠時間も残り5時間をきってます。睡眠時間が惜しいので少しでも早くホテル言ってケジメつけときたい。

ホテルに到着すると、いつ入れるか確認しておくことにした。やっぱ断るだけだとアレだし、次は入れる日くらいいっとかないといけないだろう。ヘタしたら忘れられてしまいそうだ、こんな大企業だし。

スケシュール帳を取り出そうとして俺は顔が真っ青になった。


無い。


俺がフリーター生活を続ける上でかなり重要となっているあのスケジュール帳が無いではないか。2週間先の予定までぎっしり詰まった命より大事なんじゃねぇの?ってくらいの重要レベルS級スケジュール帳が無い。弱った。

スケジュール帳との出会いはそう。今年の一月の元旦。フリーターとしての決意と意識を強めるため、ふんぱつしてちょっといい皮でできた立派なスケジュール帳を購入。かなり悩んで悩んで選び抜いた高級スケジュール帳。

毎日のシフトがズラーっと書き連ねてあり、給与明細から予備の証明写真まで色々な俺の思い出とフリーターとしての過去の汗と努力が全て詰め込まれてあった苦心の品。愛着だってそりゃぁもう犯罪に近いくらいもってた。ヘタしたらスケジュール帳とセックスできるんじゃないかってくらいに。

そこまで想いが強いスケシュール帳なのだ。コレを失う悲しみはどう表せようか。ペットの死、いやそれ以上恋人の死くらいの悲しみだ。睡眠時間とか忘れて大粒の涙を流しますよ。

スケジュールが全くわからない俺。仕方なく全部のアルバイトを回ってシフトを聞きなおすことに。

ただでさえカッターシャツやら革靴やら色々購入して出費の多い月だって言うのに、また余分な出費が出てしまった。スケジュール帳って意外と高いんですよ。普通の買おうと思ったら3000円は出さないといけないんですよ。

しかも使いやすくなるように色々なスケジュール帳グッツを購入して改造に改造を重ねてさらに3000円は注がれている。合計6000円はかけていたのだ。ここで安物を買うのも手だが、さっきも言ったように重要レベルSを誇るこの製品。ヘタに手は抜けない。

6000円かけて再び同じものを購入すると、マクドに入ってホットコーヒーをすする。

余談ですが、俺はブラックコーヒーがこの世で一番素晴らしい飲み物だと思ってます。この飲み物の上を行くような飲み物なんてけっして存在しないと断言しておく。

俺とブラックコーヒーとの出会いは実はけっこう最近だったりする。ブラックコーヒーとかそんな硬派な飲み物はハードボイルドな野郎が飲むものなんだって決め付けてたんです。だからホットコーヒーとかアメリカンコーヒーには絶対に砂糖とミルクをタップリいれて、小便まで甘くなるんじゃないかってくらいのギトギトの砂糖水を豚のように飲み狂った。

しかしそんなあるとき、砂糖が無くって偶然ブラックの状態で飲まないといけない状況に至った。こんな苦くて苦くて口が腐ってしまいそうな飲み物俺が飲めるわけないじゃないか。絶対無理だよ。そんな愚痴りを交えながら一口飲んでみたんです。


マジかよ!

こんな至上最高の飲み物がこんなに身近にあったなんて思いもしなかった。本当に人間って生き物は怖いものだ。見た目ハードな男が飲むものだって思いこんでたゆえにこんなうまい物を目の前にあったにもかかわらず飲むことすらしなかった。人間やになっちゃう。

今では一日3杯まで飲むようにまで成長している。以前は一日1杯が限界で、2杯目を飲むようならゲロ吐きそうになる。しかし今、幽助が一日3回までレイガンを打てるようになったように、俺自身も少しずつ修行を重ねるうちに3杯まで許容が許されるほどにまで成長した。今では吐いたゲロの色まで黒なんじゃないかってくらいにガブガブ飲んでいる。

俺は完全にカフェイン中毒かもしれない。バイトする前には絶対にコーヒー飲まないと集中できないし、休み時間までガブガブ狂ったように飲んでいる。

一口飲めば心臓が軽やかにビートを刻み、二口飲めば頭の中の血液がスゲー勢いで循環しまくるのがわかる。これもやっぱミルクタップリのコーヒーなんかでは絶対に味わえない快感。ブラックにのみ許された特許だと思うんです。

それほどに熱く語れちゃうような狂おしい程にブラックコーヒーフェチな俺。コーヒー片手にスケジュール帳を作り直してたんです。

実はこのときすでに4杯目。一日の致死量を越えていることに気がつかずガバガバ飲んでいた。でもって吐きそうだ。

吐きそうな気持ちを抑えてスケジュール完成。さっそくこのスケジュールを持ってホテルに行ってやろうじゃないか。本当に申し訳ないと紳士極まりないお辞儀をしてこの日に入れてくださいと切に頼み込もう。

自転車を再び力の限りとばしまくる。

もうこのときにはすでに睡眠時間が3時間をきっていた。3時間寝て次の日15時間労働だぞ。ありえねぇってマジで。

ホテルに到着すると、忙しさの余りにバタバタ走り回ってる。シフト係りの兄さんなかなか出てこない。

勘弁してくれよ。俺だって早く家に帰って寝たいんだ。夕方の4時から睡眠時間に迫られてるなんて思いもしないだろうけど、シフト制な人生。無駄な時間は睡眠時間を削ることになる。容赦なく時間を削ってくれる。

しばらくするとシフト係りのお兄さん到着。「いやぁーごめんごめん。もうちょっと時間かかるからさ、コーヒー飲んで待っててよ」

目の前に出される本日5杯目のコーヒー。今にも致死量を超えそうな俺。

一流のホテルのコーヒーが飲めるのだ。これ以上の幸せなどないはず。カンコーヒーで満足を覚えていた俺が今一流コーヒーを飲もうとしているのだ。体に合うか気になるくらいの一流さ。

しかしそれをおいしく召し上がれない。激しく伴う吐き気と戦いながらブラックをすする。目がガンガン言ってる。多分家に帰ったら確実に眠れない。

やっとの思いで全部飲んだがシフト係りのお兄さんまだまだ忙しいらしく、紳士な心遣いでお代わりをいれてくれる本日6杯目のコーヒー。3杯が限界なのに6杯も飲むんです。ここまできたらさすがに冗談抜きで体が心配だ。

しかしまぁ紳士な心遣いは紳士な心を持って接するのが一流の心であり一流の宿命。昔ヨーロッパの紳士は美味しい料理は絶対に残さないといけないといった苦しいマナーがあったように、一流の紳士としての誇りとプライドを守るためたかが6杯目の苦しみなど耐えて行かねばならない。誇りとプライド。

うおおおぉぉぉーーーーーー

貪る様に飲み腐る俺。間違いなくブラックコーヒーなんてもうしばらく飲めない。

また丁度6杯目を飲み終えたくらいでシフト係りのお兄さんがやってくるんですよ。「おーヒロ君。ブラック派なんだ。なかなかハードボイルドな野郎だな。」とか言ってくる。本物のハードボイルドなら間違っても一日6杯もブラックコーヒー飲んで吐き気なんかもよおさない。

家に帰るとそく就寝。しかしこれがまた全然ねつけやしねぇ。やっとこさ眠れてもうなされてうなされて布団ビショビショにするくらい汗流して逆に疲れたんじゃないかってくらいの酷い寝つき。

だから明日からは絶対にブラックコーヒーは狂おしいほどに飲まない。本物のハードボイルドな男だったらまずブラックコーヒーなんか飲まないと思う。もうこれは断言しとくね。