鰹風味なアンビリーバボー

2003/03/07

俺は毎日朝起きるのが楽しみでたまらなかった。

元々朝起きるのは苦手な俺。学校だってほとんど遅刻、学校の朝の集会だってカバン持って参加するのが主な生活。そんな俺に先生は怒ることもしなくなり、完全に諦められていた。朝が本当に弱い。

そんなこと自分が一番わかってるはずなのに、俺はなんと今回牛乳配達などという朝弱者には困難極まりないアルバイトをすることになった。

母は絶対途中で挫折すると言っている。まぁ当然だろう。こんなに遅刻しまくりの俺が完全にこのバイトをやりきれるはずない。

しかし部活の忙しい俺にとって夕方にバイトなどもってのほか。しかし普通の高校生としての生活をおくるには、やはり多少のお金は必要。オシャレだってしたいし、たまにはカラオケにだって行きたい。

そういうわけで俺は牛乳配達なんていうアルバイトをすることになった。正直最初から半場やる気は無かった。朝という時間が嫌でたまらない。ありえない。

バイトの初日。5時起きで5時20分には家を出る。牛乳の配達店がすぐ近くにあるのが一番の幸いだ。ギリギリの時間に出ても一分で到着する、ある意味おいしいバイトなのかもしれない。

歯を磨いてある程度寝癖を直すと、ちょっとだけ洒落たかっこなんかして玄関に向かう。初日からいきなり変なかっこして行けない。そんなもんパートのジジババくらいしかいないことわかってる、しかし初日からパジャマ同様のかっこでアルバイトに望むなんて高校生としてのプライドが許さない。

靴のヒモをきつくしめた。

少し眠気眼で家の者を起こさないようにゆっくりとドアを開ける。すると・・・


目の前には俺と同じくらいだろうか、少し年下だろうか。俺と同じように眠気眼な目を擦る女の子が突っ立ってるではないか。

しかも突然ドアを開いたのもあって、かなりの至近距離で見る。驚いた。男子校生まれ男子校育ちの俺は女との出会いも無ければ摩擦すらも無い、そんな俺がこんな至近距離で女を見るのだ。生まれて初めてだ。いやこれはもしかしたら夢なのではないだろうか。

「あ、、えっっ!お、おはようございます。」しばらくしてペコペコとお辞儀して社交辞令な挨拶をする彼女。相手も突然のことでかなりおどろいてたようだ。まさかドアがいきなり開いてこんな至近距離で俺みたいな不男を見るとは思いもしなかっただろう。

良く見れば彼女は腰に大きなカバンを背負っている。新聞がたくさん入ってる。考える暇もなくすぐにわかった、早朝の新聞配達をしているのだと。

しかし彼女は新聞を配達するような体格ではない。はっきり言って小柄だ。身長も156前後だし体も細い。そんな彼女が朝から新聞配達。大変だろう。

「おはよう。」俺は一言そう吐くと、顔をかがめて彼女の隣を横切った。かっこつけてるわけでもない、普通に照れてたのかもしれない。女の子が俺にむかっておはようと言ったのだ。

正直俺は女にいいイメージを持っていない。学校に女がいないせいか、テレビの画面に映るチャラチャラした女子高生それだけが俺のイメージ。世の中の女子校生ってのはみんな髪の毛がナイロンみたいにバシバシに荒れるくらいまで染まくってるようなあんなのばかりだと思ってた。

しかし今日の朝みた彼女はどうだっただろうか。髪の毛もダラダラせず短く切って、マフラーやら服だってバーバリーやら高いブランド物ばっかみにつけているかといえばそうでもない。かなりおちついてた。

俺に才能があるのかわからないが、牛乳配達のアルバイトは正解だったようだ。初日にしてそこそこに仕事を覚えた。眠気眼擦りながら学校へ。バイトのおかげで遅刻はしなかった。

授業が始まって俺はいつものように眠りにつく。今日に限っては、普段よりもっと爆睡だったかもしれない。


日は変わってその翌日。

今日も牛乳配達のアルバイトがある。何故だろうか、俺は何か期待している。いつものあの時間に出たらもしかしたらまた彼女に会えるのかもしれないという期待が。

昨日のように寝癖もある程度直して、服もある程度外でな物を着てしたくした。昨日と同じくらいの時間に玄関に出る。

靴のヒモをきつくしめた。

ドアを開けると・・・


今まさにこっちに向かおうとしている彼女がそこにいた。今から新聞をいれようとこっちにむかうまさにその瞬間だった。

昨日のようにあんな至近距離でバッタリなイベントは発生していない。しかし何故か俺は昨日よりも胸がドキドキいっていた。

今日は昨日とは違い、全体から彼女を見ることができた。相変わらず腰には重たそうな新聞を抱えて、右手には新聞を持ってる。冬の寒さに耐えるために手袋なんかも装備している。

「お、おはようございます」相変わらず戸惑っている。普通なら挨拶しないで素通りするのがこの年代。しかし彼女はきっちり挨拶をした。社交辞令なものかもしれない。でも俺は何故か嬉しかった。何故か彼女に声をかけてもらってるそれだけのことが。

「おはようございます。」ちょっと照れながらも、俺は軽く挨拶して彼女のすぐ右を横切った。すぐ横を通過する時、彼女の髪はかすかに揺れた。リンスのいい香りが漂ってくる。

牛乳のアルバイトを終えていつものように学校に行った。もちろんこの日も遅刻なんてしていない。きっと明日は槍でも降ってくるに違いないと担任の教師も驚いた目をしている。

何故だろうか今日は眠れなかった。「授業は眠る」そう心に誓う俺だったが、今日の俺は何故か寝付けない。彼女の顔がずっと頭を支配している。ずっとループしている。たった2回だ。たった2回会っただけだと言うのに、彼女のことが気になって気になって。


次の日の朝。俺は朝だと言うのにもはや服装は完璧なるお洒落だった。髪の毛にもたっぷりワックスなんかをつけまくって、これ以上ないだろってくらいに準備完璧。いつものあの時間に玄関に行く。

靴のヒモをきつくしめた。

ドアを開けると・・・


昨日のようなポジションに彼女はいた。今日はなぜかポニーテールだ。高校生でポニーとかマジかよと一瞬思ったが、俺はすぐに理解した。

普段の日と違って今日はたくさん配らないといけないらしく、カバンのサイズが昨日とはあきらかに違うビックなサイズだった。取りやすさと配りやすさと新聞を入れれる量を考慮した普段と違うその独特のカバンは、髪の毛が少し長いだけでも邪魔になるらしい。

結構軽々と持ってたのに、今日のカバンだけはそうは行かない様子。けっこう辛そうな顔をしながら運んでいる。

「おはようございます。」ペコリと頭をさげる。俺も「おはよう」と言うと、いつものように彼女の右を通過した。何故だろう、たったこれだけのやりとりなのに、こんなにドキドキするのは何故なんだ。

それから一ヶ月ほど、朝彼女とのやりとりはつづいた。新聞配達について詳しいことは知らない。毎日きっちり同じ時間に俺の家の前を通過する。習慣なのか、まったく時間を変える様子は無い。

「おはよう」ただこれだけの交流。しかし俺には楽しみでたまらなかった。これだけの為に俺は牛乳を配っていたようなものだ。毎日朝彼女と家のドアのすぐ前でこうやって挨拶できるそれだけに俺は充実感を覚えていた。


ある日の朝。俺はこの日、大きな決意を抱いていた。

今日は声をかけよう。いつもの挨拶だけではもう物足りない。少しだけでもいいから話がしたい。少しだけでもいいから彼女に近づきたい。

いつもよりも高まる鼓動。手に汗が湧き出る。いつもより気合いを入れたお洒落で玄関にむかった。

靴のヒモをきつくしめた。

ドアを開けると・・・・


今日は何故か彼女はそこにはいなかった。

今思えば一ヶ月ちょうどいいタイミングでバッタリ遭遇したほうがおかしかったのかもしれない。一日くらいはタイミングがズレル日だってあってもおかしくない。何を期待してるんだ俺は。彼女だってきっと迷惑がってるはず。

彼女は俺のことをどう思ってるのだろうか。朝偶然会うだけの通りすがりの男をやっているのだろうか。それとも、俺のことを少しでも意識してくれてるのだろうか。

・・・。

何をバカなことを考えてるんだ俺は。


次の日も彼女と遭遇することは無かった。次の日だけじゃない、もうそれっきり会うことは無かった。

やっぱり俺を迷惑に思ってたのだ。そうに違いない。

でも俺、やっぱり諦められない。後一度でいい。せめて後一度でいいから、彼女に会って少しでも話がしたい。朝新聞配りとすれ違うだけのただの男かもしれない、相手にとっては絶対そんな風にしか思ってないはず。

でも俺は違うんだ。俺は。好きなのかもしれない。・・・彼女のことが。


一週間して彼女と全く会えなくなったこの日の朝、俺は思い切って新聞配達の店に直で顔を出すことにした。

たった一週間会わなかっただけで俺は彼女のアルバイト先にまで顔を出すのだ。ほんとストーカーな男かもしれない。将来変態野郎になるぞ俺は。

しかし、彼女に接したいと思いを寄せる気持ちは薄れない。彼女と接しようとするその行動ひとつひとつがどれだけ勇気ある行動か。新聞の店に行くことにかんしても、ただ単に行きたいと思っていくわけじゃない。彼女と接するその覚悟を持っていくわけだから、人生最高の勇気をふりしぼっていく。生半端な気持ちなどない。

もしこれで失敗したらどうなるだろうか。いや、失敗しても悔いではない。俺はこうやって彼女を愛している自分が好きだ。失敗してもいいとおもってる。ただ、彼女に最後に一言でもいいから「おはよう」以外の言葉をかけたい。それが最後でいいのだ。

牛乳のアルバイトを終えて新聞ショップなんかに向かう俺。

手は寒さ以外の緊張もあってか、ガクガクと震えている。これ以上無いくらいに。

ノックもしないで扉を開く。ノックなんてするような場所でもない。そういった雰囲気の場所なのだ。

「はいよ?」中から人のよさそうなオバさんがでてきた。

彼女と同じく新聞を配達していおばさんだろう。そうであるか実際はわからないが、何故か俺の中では確信していた。

ドキドキして思考回路グチャグチャの中、俺はおばさんに勇気を振り絞って聞いた。


「すみません。ここに、俺と同じか少し年下くらいの女の子が働いてませんでしたか?」

「・・・。」

何故か黙るおばさん。明らかにさっき俺に「はいよ?」っと声かけたときとは別人と言わんばかりにテンションが落ちる、顔色そのものが変わっていた。

一体何があったのだ。彼女に一体何があったのだろうか。深く問い詰める前に、おばさんは口を開いた。

「あんた、彼女の友達かい?」

友達?そこまで発展していない。俺は通りすがりのただの男をやっていただけであって、顔くらいは少なくても覚えてるにせよ、友達という関係ではけっしてない。

だがここで友達じゃないといっては相手に不信感を持たれる。ごまかしを入れなくてはならない。


「そんなところですかね・・・・」


適当に流す。おばさんも別に不信がる様子は無いようだ。いや、むしろ何言ってもよかったのかもしれない。友達であろうと何であろうと関係無しに、今のオバサンはおれの言ってることなど耳に入れなかっただろう。

おばさんは次の瞬間。こう言い放った・・・


「彼女死んだんだよ。」


俺は信じられなかった。きっと何かの間違いだろう。彼女の新聞のカバンには間違いなくここの新聞店の印刷が入ってた、しかし彼女くらいの年齢の女なんていくらでも働いてるはず。


「あのこ、ここでは唯一の学生のアルバイト。私もあの子がかわいくってかわいくって自分の娘みたいに可愛かったよ。」

一瞬にして否定された。死んだのは彼女。間違いなく彼女以外の誰でもない。

認めたくない。しかし彼女は死んだ。っていうより俺は、まだ彼女が死んだ事実を現実としてまだうけとめれていない。

「家がお金に困ってたらしくってね、せめて学費くらいは自分で出すって言ってた。本当にいいこじゃったわー」

「何で死んだのですか。教えてください」

「交通事故よ交通事故。本当に不幸だったわね。」

おばさんは目の前で泣きはじめた。声を上げてないている。俺はおばさんのような年齢の人が泣いてる姿なんて見たこと無いから驚いた。しかしそんなことよりも俺は、未だ彼女の死を自分の中で受け止められてない。それが妙にくすぐったかった。

たしかに毎朝一瞬だけ会う彼女の存在なんて薄いものだったのかもしれない。しかし、彼女は死んだと言い聞かせても言い聞かせても、まだあの瞬間の「おはよう」をいう姿が消えない。週に一回だけ見せたポニーテールの彼女のおはようだってまだまだ俺の中で生き続けている。

彼女にとってはほんとうに通りすがりの男。しかし俺にはあの笑顔が輝いて見えた。だからこそ消すことができなかった。どうやっても消せない己の中の彼女の像。


「ここだけの話。あの子最近気になる男の子ができたらしくって、こんな寒い季節だっていうのにずっと待ってたらしいよ。そしたら交通事故に遭っちゃって。」


「お、おばさん。もしかして、その事故に会った場所って。」

「6丁目交差点よ。」


そこはまさに俺の住むアパートの正面の交差点だった。

彼女は、俺が出るタイミングを見計らってずっと交差点で待ち伏せしていたということなのか。聞いている、俺はたしかに会わなかった当日、その事故のあったサイレンの音を聞いている。

おかしいと思ったのだ、何で一ヶ月もの間あんなにグットタイミングで彼女に遭遇するのか。あきらかに俺が出てくるタイミングを読んでるのではないかと言わんばかりに毎日ベストなタイミングで彼女に会っていた。

彼女は、俺のことを愛していてくれた。

彼女もまた朝ああやって社交辞令名挨拶を交わすあの瞬間を楽しんでいた。俺と同じように、彼女もまた毎日があの瞬間によって充実してたに違いない。

俺はとたんに泣き崩れた。彼女の想いがわかるから。毎朝あの一瞬のおはようだけの会話の喜び、その全てが全部わかるから俺には泣けてきてたまらなかった。

俺はなんて根性なしだったんだ。俺はなんで「おはよう」の一言くらいで満足してたんだ。もっと、もっと早くに彼女に声をかけてあげれば、もっと変わってたかもしれない。

俺は声を上げて泣いた。その日俺は学校に行かなかった。


朝。俺はいつものように寝癖を直し、いつものようにちょっと洒落た身支度をして玄関に行った。

靴のヒモをきつくしめた。

ドアを開く・・・・・・


もちろんそこに彼女はいない。いないことくらいわかっている。

まだ彼女がここで「おはよう」を言ってそうなそんな気がしただけ。

あの時声をかければよかったと、泣き崩れたあの日たしかに俺はそう思っていた。しかし今俺はそうは思わない。彼女に「おはよう」と言ってたあの時間。あの空間。あの雰囲気。そしてあの香り。それに恋心を抱けたあの瞬間が、俺の幸せだったと。けっして声をかけたから幸せになってたとかそんなことは無かったと思う。

彼女の余韻はいつ消えるかわからない。だが、忘れたくは無いとそう思うことはしないことにしている。

もし忘れなかったら、俺は一生牛乳配達をしているかもしれない。絶対に。


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はいみなさんこんばんわ。

バイト先の食い物が余りにも体に毒だと察した俺はですね、今日朝おにぎりを作ってたんですよ。

やっぱ男料理とはいえゴージャスにカラアゲおにぎりを作ろうという気分になりましてね。

朝から牛乳片手に飲みながら油でパチパチパチンとカラアゲなんかを揚げてたんですよ。でもって油切る為に古新聞取りに行ったら、右手に持っている牛乳と左手に持ってる古新聞、これに突然トキメキを憶えたんですよ。なんというか、トキメキというよりヒラメキかな。

毎日バカ極まりない日記書いてる俺ですからね、たまにはちょっとくらい感動物シリーズの一つでも書いてやろうと思ったんです。

勿論フィクションですよ。実にフィクション極まりない話ですよ。まぁ俺の国語で感動とかありえないんですけどね。まぁこれ読んで感動した物好きさんなんてそんなもんそそうにいないはずですが。

ちょっと鰹風みなHPのイメージ狂った今日の俺の日記。

オモんねぇなら忘れてください。パトラッシュで5回くらい号泣する魔法の涙腺を持つヒロさんですら泣けなかった。きっと読者もね、「あーあ。おもんね。ヒロさん最悪だよ今日の日記」とか陰で薄ら笑いの一つでもやってるんでしょうね。

さてさて、今日はこんへんで。

お粗末。

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