最後のチキンカツ

2003/01/17

うちの学校はなかなかのデンジャラス学校だ。

どれくらいのデンジャラスさかというと、まず晴れてるのに雨漏りするのだ。

ラーメン屋に入ったらまず眼鏡のオッサンの眼鏡がモクモク曇るよな?そう。アレと一緒で教室全体があまりにも気温が低かったので壁から地面、いたるところまでビショビショ。天井から水滴ポタポタ。マジでありえない。

雨の日は学校が雲の中に入る為、窓の外は真っ白。窓を開けたら教室の後ろから前が見難くなるくらいものすごい霧に覆われる。 自然環境が売りみたいだが、実際のところは30分も坂道歩かないと学校につかない。もし女子校だったらロープウェイの一つくらい架けて無いと確実に廃校だ。

そんな学校にヒロさんは3年間かよい続けたのだが、今日は記念すべき日だ。


チキンカツ定食の日。


我が学校でもっとも日記のあるメニューのチキンカツ定食。金曜日のみ発売なので、卒業の近いヒロさんは今回の金曜日がまさに最後のチキンカツになるのです。もちろんチキンカツは俺だけでなく3年全体が最後です。朝から物凄い緊張感でつつまれてました。

4時間目のチャイムがなった。いよいよ勝負の時です。最後のチキンカツを手に入れるため勇者ヒロさんは命を張って食堂に向かいます。痛い系HPの代表ともいえる「鰹節の心」のヒロさんです、もうどんな痛いイベントがやってきても絶対驚きませんよ。

英語の授業終了。光速で挨拶するとまず英語教師よりも早く教室のドアを開けて出発。第一の関門職員室です。

走れない環境下でみんな物凄い競歩です。クネクネ体を捻らせながら怒涛の勢いで競歩しています。先生に挨拶をしつつヒロさんはドンドン人の中を抜けていきます。走ったらアウト。先生にばれて説教くらってもう大ピンチ。回りの生徒もみんなクネクネ競歩クネクネ。

さすがはヒロさん。走るのは苦手でもクネクネするのだけは大の得意。光の速さで回りの人をグングン抜きます。

職員室突破そして次に体育科の廊下です。うちの学校には体育科という体育のエキスパートだけを集めた物凄い恐ろしいクラスがあるのです。それがよりにもよって食堂の前にあります。

怖そうな男がいっぱい歩いてます。一つ間違ったらそこは治安の悪いスラム街入ってます。まずここの決まりは目を合わせてはいけません。目を合わせようものならヒロさんは、わざと片ぶつけられて3〜4人の体格のいい男に教室に連行。

チキンカツを見る前にヒロさんの血の混じったゲロを見て久方の悦びを味わうことになります。目を合わせてはいけない。絶対目を合わせたらいけない。

走りたくても走れず、ゆっくり歩くにも歩けず、ヒロさんは独特のステップで怖そうな野郎を腰のクイックで避け、いい感じに食堂に向かいました。

食堂に到着。もはやそこは戦場と化してました。その中でも一際目立つ列がチキンカツの列です。すごい列。プレステ2の発売日とか思い出すくらいの長蛇の列。

「おばさん!今日最後のチキンカツやから絶対頼むでぇぇ−−−!」って決死の想いがあちらこちらから響きわたります。チキンカツに賭ける情熱は凄い。男子校なりにマジですごい。こいつら下手したらチキンカツの為に食堂のおばさんに体を売りかねない。

チキンカツを見事ゲット。俺の後ろの後ろの後ろでちょうど終わりでした。

チキンカツをゲットして喜びに浸る。しかしここではまだ安心できない。チキンカツを手に入れられなかった野党どもが人々からチキンカツを巻き上げるために食堂を徘徊します。これだけは譲れない。どんな苦心の想いをしてこの460円のチキンカツを手に入れたか。絶対わたせない。

美味しいものは最後までとっておこう!なんていう競争の無い生暖かい世の中から生まれた感情など通用しない。本当にうまいものを先に食わないと人に盗られます。胃に入れたら自分の物。

物凄い反射神経を駆使して盗られないように気をくばりながら無邪気にチキンカツを食らいます。なるほどさすが名物料理。最高の一品だ。むしゃむしゃとチキンカツを黙ってくらい続ける俺。

「おう!ヒロ!」友人が声をかけてきました。

「すまねぇ・・・こいつはオメェにやれねぇ。」

そういうと友人は何も言わずに立ち去りました。どいつもこいつもチキンカツに飢えた獣だ。どんな手でも使ってくる。友情って名前の武器でもなんでもフルに使ってきやがる畜生。

ヒロさんは本当は情に厚い人間です。寅さん並の人情を持ってるので、友情という武器を向けられるとあっさりチキンカツを渡しかねません。しかし今回は騙されるわけにはいきません。なんせ今回は最後のチキンカツ。競争率が2倍を超える本日のチキンカツを人様に渡してはなりません。

ここで人に渡しては一生後悔します。人によってはもう一年高校生やってもいいと断言してしまうくらいのチキンカツ。チキンのジューシーな香りとサクッと香ばしい音が食堂を覆っています。

チキンカツに狂う獣の目の色は本格的に変わってきました。もう前フリとか器用な技など使う奴はいないでしょう。無言で黙って盗られます。神経を張らないといけない所。

アドネラリンダクダクに流して夜中に一人でエロビデオ見るくらいに神経張りました。もう誰にも俺のチキンカツを奪えやしねぇ。

ドンブリのご飯に目を離したそのときだった。


しまった!


怒涛の勢いでチキンカツを見事に奪い去ったさっきの友人。思わずガッツポーズまで決めてやがります。この畜生

なんだこの心のしこりは!全てのチキンカツに丁度よくマッチするように微妙な調節をしながらご飯を食べていたので、当然の如くご飯がチキンカツ一個分だけ残っています。

目の前のチキンカツの本来あった場所には虚しくソースの跡だけが残っています。ご飯をソースに絡めました。そう、あの食すことのできなかったチキンカツを噛みしめるように。

チキンカツは俺に色々なことを教えてくれた。戦いに勝ったものだけが手にする栄光。競争と憎しみ。大切な物を守ることの大変さ。そしてスリルと戦闘本能。もしかしたら卒業する前にチキンカツは俺にこのことを教えたかったのかもしれない。ありがとうチキンカツ。

ソースを絡めたご飯を口に運んだ。チクショーーーーー!!俺は心の中で叫んだ。もう食せぬあのチキンカツに向かって。

一生この日のことを忘れない。チキンカツに誓ったこの想いと共に。


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